おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

ショートショート6 『暖かい暖炉の話』

 最近このブログでショートショートを発表しています。評価はイマイチですが、めげずに頑張りたいと思います。どうぞお付き合い下さい。

 

 暖かい暖炉の話    takakotakakosun 作

 

 友人のYくんとは長い付き合いになる。彼の屋敷に招かれたことは何度もあるが、いつもは客間だったり食堂だったり、通されるのはいわゆる来客用の部屋だった。今夜の客は僕一人だったが、豪華な夕食の後、初めて家族の居間へと案内された。

 彼の家は代々続く大変な資産家で、父の代に建てられたという自邸は、お屋敷と呼ぶに相応しい豪壮な造りだった。家族の居間とは言っても、広さも豪華さも申し分なく、特に年代物の暖炉は目を惹くものであった。

 「立派な暖炉だね」

 「そうだろう。これは我が家の家宝とも言うべき代物でね、とても親切な暖炉なんだ」

 僕の褒め言葉に素直な反応を見せたY君は、そんな風に語り始めた。親切な暖炉とは不思議な表現をするものだ。僕の疑問にお構いなく、淡々とした口調でその暖炉の来歴が語られ始めた。実に淡々と。彼の隣では、美しい夫人が耳を傾けていた。

 

 「この暖炉は、新しもの好きの曾祖父が洋館を建てた時のものなんだ。曾祖父は実業家として傑出していたが、実は大変な酒乱でね。妻である曾祖母や息子である祖父は命の危険を感じることも度々あったそうだ。

 そして、有る夜、とうとう悲劇が起きた。酔った曾祖父が日本刀を振り回し、止めようとした祖父ともみ合いになり、はずみでその刃が曾祖父の頸動脈をバッサリ。この暖炉は血しぶきで真っ赤に染まったそうだ。

 結局、事故と言うことになってね。正当防衛ということもあっただろうが、まあ、金の力もあっただろうね。

 家に帰ってきた祖父は大変な憔悴ぶりだったそうだ。まあ、そうだろう。自分の手で父親を殺したんだから。そして、その心の重荷に耐えかねて、自殺を決意したそうだ。

  曾祖母にあてて遺書を書いた。自分がいかに苦しんでいるか。先立つ不孝を許して欲しいこと。書き連ねているうちにあまりにも長くなってしまった。祖父は書き直そうと思い、それをこの暖炉にくべた。するとね、遺書が燃えていくと共に心がすうっと軽くなっていったそうだ。全ての悩みがウソの様に消え、すっきりとした明るい心持ちになったのだそうだ。

 翌日、祖父は曾祖母に試してみるようすすめた。夫を失った悲しみ、息子が夫を殺したという苦しみ、それらを洗いざらい書いて、そしてその後、暖炉で燃やすように。

 効果は抜群だったさ。その証拠に、家を建て替える際、僕の父はわざわざこの暖炉を今のこの家に移したんだから。血染めの暖炉なんて、普通は移したりしないだろう?

 それから、僕たち家族はこの暖炉を親切な暖炉と呼んでいるんだよ。ほら、親を切って親切、だろ?」 

 そんな不謹慎な冗談を彼は実に楽しそうに口にし、いつもの屈託の無い笑顔を見せた。夫人もにっこりと微笑んでいる。

 

 ああ、そういうことだったのか。

 実は、僕と夫人とはこの夏から不倫関係になっていた。あれほど罪の意識と恋との間で悶々としていた彼女が、冬の訪れと共に、吹っ切れたように僕との関係に積極的になっていたのだ。ただただ恋愛の楽しさに夢中になっていた。

 そして、彼も二人の関係を知っているのだ。知っていて暖炉の話を聞かせた。気にしていないと言うことを知らせるために。

 この家の住人達は悩み事が無いのでは無い。悩むことを放棄しているのだ。罪の意識や良心の呵責と言ったものも。だが、それはつまり人間らしさの放棄と言うことではないか。

 赤々と燃える暖炉を眺めながら僕は思った。

 息子に殺された父の血を吸った暖炉が、親切なわけはあるまい、と。

                           終わり