おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

赤ずきんちゃんとアンネ・フランク

 ヨーロッパを舞台にした童話には、しばしば「森」が登場します。

 白雪姫は森で七人のこびとと暮らし、ヘンゼルとグレーテルは森に捨てられ、赤ずきんは森で暮らすおばあさんを訪ねる、といった風に。

 

 私たち日本人にとっては、森イコール山です。森に行くのは猟師や山を越える旅人であって、か弱いお姫様や子どもが行くような場所ではありません。ましてや、おばあさんが一人で暮らすなんて考えられないことで、そのようなおばあさんは、「山姥」と呼ばれる、人ではない存在ですね、日本では。

 ヨーロッパの森は違います。ヨーロッパでは森は平地に存在し、村と村とを隔てる境界、つまり、異世界の入り口と言った意味合いを持つ場所なのだそうです。そこには、子どもであっても、容易に足を踏み入れることができます。ただし、「森へ行く」あるいは「森で暮らす」とは、慣れ親しんだ場所から切り離され、不思議の世界に入るという意味を持つことになるようです。

 私たちが森を舞台にしたヨーロッパの童話を読むとき、その森のイメージはどうなっていたのでしょうか。例えば、赤ずきん。小さな女の子が一人でお使いに行ける森。おばあさんが一人で暮らす森。にもかかわらず、怖いオオカミが生息する森。考えてみれば実に不思議な場所なのですが、そこはそれ、「外国」だからということで、すんなりと受け入れられたのではないでしょうか。

 これに対して、私は子どもの頃、ずっと疑問に思っていたことがありました。それは「アンネの日記」のアンネ達の隠れ家のことです。日本の「家」の間取りしか知らない私にとって、数家族が、しかも近所に知られること無く、長い間隠れ住むことが出来るなんて、一体どうして可能だったのか。本当に不思議でした。ネット時代になって、「アンネの家」の間取り図というものを見ました。それは「家」というより「ビル」と言った方がピッタリくるような建物でした。

 長年の疑問が解けた瞬間です。なるほど、これならば何人もの人間が隠れるのも可能なわけです。私の読んだ「アンネの日記」に間取り図が載っていれば、無駄に悩まなくて済んだのに。今はどうなのでしょう。載っているでしょうか。

 

 世界は狭くなったと言いますが、分かっているようで、実は思い込みに過ぎないことはたくさんあります。ちょっとした勘違いが大きな誤解や危険を生むこともあるかも知れません。

 「赤ずきん」の物語は、若い女の子がフラフラ出歩いていると、怖い目に遭いますよという寓意を含むらしいのですが、若くない女も、フラフラしていては、怖い目に遭うかも知れません。

 「アポ電」なんて怖いニュースもあります。「還暦の赤頭巾」ちゃん、気をつけて、ですよ。お互い用心しましょうね。では。

 (高校生の頃、庄司薫氏の作品を夢中で読みました。懐かしい)

 

 

私の中の「アマラとカマラ」

 今日の記事はタイトルが全てといった感じですね。魅力的なタイトルじゃないですか?

 このタイトルで何を書きたかったかと言いますと、人には一生を通じて、幼い頃の記憶が染みついているものだという事です。今更という感じもしますが、こうしてブログを始めてみて、過去の記憶にまつわる出来事などを掘り起こしたりしていると、つくづくと、その影の濃さを思ってしまうのです。

 

 アマラとカマラはオオカミに育てられた二人の少女ということで有名です。

 生肉を好み、四足歩行をし、夜になると遠吠えのような声を出し、そして、言葉はとうとう習得することが出来なかったと、昔、学校で習った記憶があります。

 アマラとカマラの養育に携わった側からすれば、二人に関して、「オオカミのような行動は治らなかった」「〇〇が出来るようにはならなかった」という叙述になります。

 でも、私はブログに自分の幼い頃の思い出を書いていて、ふと思ったんです。彼女たちの側からはどうだったのだろう。

 彼女たちに言わせれば、「オオカミのような振る舞いは捨てなかった」「オオカミに育てられて身につけたもので、十分だった」。そんなことになるのかもしれない。それほど、幼い頃に植え付けられたものは、深く深く根を張るのではないかと。この、人は幼少期に与えられたものに、良くも悪くも左右されるという思いでつけたのが、今回のタイトルです。

 

 ここで急転直下。いつものように、ブログを書く前に「アマラとカマラ」についてネットで調べてみたわけです。そうしましたら、二人はオオカミに育てられたというのは嘘で、知的障害のある捨て子だったのだろう、という説が有力なのだそうです。

 ・オオカミの授乳の仕方と人間の哺乳の仕方では、養育は成立しない

 ・オオカミの移動距離とスピードに、人間がついていくことは不可能

 ・夜に目が青く光ったと記録されているが、人間の目の構造上ありえない

上にあげたほかにも、嘘とする根拠はいろいろあるようです。興味のある方は、ググってみて下さい。

 

 ということで、とても気に入ったタイトルだったのですが、ちょっと意図するところが違ってしまいました。でもいいんです。素晴らしいオチを与えてくれたのですから。察しのつく方もいらっしゃるでしょう。そう、「オオカミ少女」は、実は「オオカミ少年」だったというオチです。

 それにしても、書こうと思ったことが思い込んでいた内容と違っても、むりやりまとめてしまうあたり、年の功と褒めて下さい。「赤ずきんちゃん」あたりのオオカミに言わせれば、「食えないババアだぜ」ということになるのでしょうが。では。

蜂蜜と石けん

 日本で一番最初に新婚旅行に行ったのは、坂本龍馬夫妻だそうですね。

 新婚旅行は蜜月旅行とも言いますが、これは英語の「ハネムーン」を直訳しています。ハネとはハニー、つまり蜂蜜で、ムーンが月です。単純に「新婚は蜜のように甘~い月日だから」なのだろうと思っていたのですが、今回これを書くために調べましたところ、そのいわれは、遠く古代ヨーロッパまで遡ることを知りました。

 古代から中世にかけてのヨーロッパでは、新婚の夫に『蜂蜜酒』を飲ませる風習があったのだそうです。「頑張って子づくりに励んでね」という意味で。多産の蜜蜂にあやかりますように、という願いも込めて。その、蜂蜜酒を飲んで頑張るおよそ一ヶ月間を「ハネムーン」と称し、やがて新婚旅行がハネムーンと呼ばれるようになったのだそうです。

 30数年前ですが、友達のお兄様が結婚され、新婚旅行はフランスへ。そしてめでたく「ハネムーンベイビー」を授かったそうです。そのお兄様いわく、

 「うちの娘はメイド・イン・パリ」。

 

 ここからが本題です。なぜ急に「ハネムーン」の話など始めたかと言いますと、新しい石けんを出そうとして、突然『資生堂ホネケーキ』という懐かしい単語が「降りてきた」からなのです。

 今の私は浴用石けんで顔も洗っているのですが、中学生の頃は『資生堂ホネケーキ』という、美しい透明なルビーレッドの洗顔用石けんを愛用していました。その頃は、「ホネケーキ」ってなんだろう?骨のケーキ?などと不思議に思いながら使っていましたが、いつとはなしに「ホネはハニー、ケーキはひとかたまりの物をさす」と、英和辞典のように私の中に答えが定着していました。

 ハニーが「ハネ」になったり「ホネ」になったり、英語を日本語にうつすのは、なかなかの折れることですね。

 

 さて、田舎の中学生であった私が「資生堂ホネケーキ」を愛用していたのには単純な理由がありまして、決して「おませさん」だったわけでも、美容に関心の高い「家庭」だったからでもありません。むしろその逆だったからです。

 私が白髪頭でも平気で暮らしていることは以前書きましたが、それには多分に母の影響があるのだと思います。私もあまり身なりに構わない方ですが、田舎の専業主婦であった母は、骨の髄まで無頓着な人で、白髪頭はもちろん、いつでもどこでもスッピン。畑仕事で日焼けした顔は水洗いで済ませ、基礎化粧品なども、ほとんどつけないような人でした。

 実家は自営業を営んでおり、昭和40年代・50年代は「贈答文化」が盛んな頃。お中元・お歳暮の時期には関係の業者からいろいろなものが届きます。石けんのセットとか。その中には、くだんの「資生堂ホネケーキ」も入っていたりするわけです。すると、母は上に書いたような人なので、自然に私が使うという流れになりました。

 石けんの他にも、母のあまりの無頓着ぶりをみかねた叔母達がクリームや化粧水をプレゼントする事がありました。それらも、少し使ったあと、母は面倒になるのでしょうか、私のところに回ってきていました。

 あれから、幾星霜。気がつけば白髪頭の私。浴用石けんで顔を洗い、馬油を塗ってお終い。蛙の子は蛙と言いますか、亡き母と大差ない無頓着ぶりです。でも、母との大きな違いはここからです。私はお化粧はします。なぜなら、私が住んでいるところは大都会・弘前市なのですから。

 

 懐かしい「資生堂ホネケーキ」、今もあるのかしらと思ってググったところ、嬉しいことに、ロングセラーとして知る人ぞ知る人気商品なのだそうです。しかも、ルビーの他にグリーン・パープルの三色展開で、その香りの良さから贈答品としても人気なのだとか。旧友の元気な便りを聞いたような、ホントに嬉しい気持ちになりました。

 

 ちょっとした思い出話を書くつもりが、長くなってしまいました。お付き合い下さってありがとうございす。

 最後に蛇足で、「ハネムーン」の語源に関するもう一つの説を紹介します。

 「新婚の愛に満ちた時は、月が欠けていくように失われていくものだから・・・。」

石けんの泡のような、儚い説ですね。では。

 

 

方言と標準語との混乱

 私たち青森県人のように、日常的に方言を話していると、ある言葉が「方言」なのか「標準語」なのか、分からなくなることがあります。

 例えば、大分前に書いたことがあるのですが、息子その1の場合、漢字のテストで「熟れる」に「じゅくれる」とフリガナをふって、×をもらってきたことがあります。彼は、

 「お祖母ちゃんやお母さんが、じゅくれるって言うからそう書いた。お母さん達のせいだ」と激オコでした。ちなみに、私の故郷では言いません。私には姑からうつったのだと思います。

 また、下の記事は2月16日に書いたものですが、この中に「雪がかぶさって」という表現があり、知人から、

 「かぶさるって、津軽弁だと思ってた。標準語なんだね。そう言えば、覆い被さるって言うもんね」と、言われました。

chokoreitodaisuki.hatenablog.com

 

 私自身も、先日の「トレビの泉の凄腕スリの話」の中で、

 「絶対にすられるって、私たちの前世は生姜か大根か」と書きました。
chokoreitodaisuki.hatenablog.com

 

 そして、今になって気づいたのです。「生姜や大根をする」って、方言だ!と。標準語では「摺り下ろす」ですよね。そのために使うのは「おろし金」だし、完成したものは「おろし生姜・大根おろし」。すり鉢で「摺る」のはゴマやとろろ芋ですよね。

 

 以前、息子その1に言われたことがあります。

 「お母さんの言葉って、津軽弁でもないし、下北弁でもないし、標準語でもないよね。だからどこにいても、訛って聞こえるね」

 

 自分では、話すときはともかく、書き言葉はそれなりに標準語だと思っていたのですが、我知らず、方言混じりで書いていたりするんですね。

 これが若いときなら、

 「ギャー、恥ずかしい」となったのでしょうが、

 「まあ、それも味わい」なんて開き直れるのが年の功と言いますか、おばさんならではなのでしょう。

 年をとってなまるのは、体だけではないようで。では。

「キラキラ」ではなく、「ギラギラネーム」のこと

 「キラキラネーム」を本人の意志で改名したというニュースがありました。それで思い出したのが、30年以上も前の改名のニュースです。

 

 「田中角栄」君と名付けられた小学生の男の子が、「ロッキード」などとからかわれ、精神的苦痛が大きいために中学入学前になんとか改名したい、という願いが認められたというニュースでした。

 その子が生まれた頃の「田中角栄」はカリスマ的人気の内閣総理大臣だったわけです。それが一転して刑事事件の被告人となり、その子の名前は、からかいの種になってしまったという、急転直下ともいうべき出来事があったわけです。

 

 親というものは、「子どもの幸せ」を願って名前をつけるものですが、その「幸せ」の内容が千差万別なわけですね。

 歴史上の人物や偉人、スポーツ選手や芸能界の大スターなどにあやかるのは、一言で言えば人生の「成功」や「出世」を願って、ということかと思います。

 そういう名前は「キラキラネーム」というわけではなく、野心的なネーミングと言うことで、「ギラギラネーム」と言ったところではないでしょうか。

 個性的であること、唯一無二であること、最上級の意味を持つこと。そういった事に「幸せ」を感じる価値観で名付けられるのが、今風の「キラキラネーム」かと思います。

 

 昭和ヒトケタ世代の親に名付けられた私たち世代は、だいたい似たり寄ったりの、ありきたりな名前が多いですね。その頃は、あまり立派な名前をつけるのは恥ずかしいという意識があったようで、それが証拠に、「名前負け」という陰口がありました。落語の『寿限無』にも、奇をてらった名前は慎むべきであるという教えがありますね。

 こういった、平凡を良しとする価値観は、年をとるとしみじみと納得されるのですが、若い時はやっぱり他とは違う「珍奇」なものを好みますね。

 私も32歳で息子その1を生んだので、決して若いお母さんというわけではなかったのですが、息子の名付けはやっぱりこだわりましたね。珍しい名前ではありませんが、ありきたりでは無い名前をつけたと思っています。幸い、親子共に気に入った名前なので満足していますが、舞い上がりすぎて「キラキラネーム」をつけていたら、今頃はどうだったでしょうか。

 可愛い赤ちゃんの我が子も、いずれは30歳にも40歳にもなると言うことを考えて、名前はつけたいものです。

 

 名付けに限らず、子育て全般、「若さゆえ」の後悔がいっぱいあって、今の、少しは分別のついた自分でやり直すことが出来たらと思ったりもします。が、分別がついた分、たとえ子育てをやり直しても、結果は大して変わらないであろう事も予想がつくので、やっぱりいいやと思い直したり。あきらめも大事と、うなづける私です。

 

 

 

「窒素」の蘊蓄

 今日は「窒素」についての蘊蓄を披露したいと思います。

 「窒素」の「窒」の字を使った熟語と言えば?と聞かれれば、ほとんどの方が「窒息」と答えるのではないでしょうか。なぜ、「窒素」の「窒」は「窒息」の「窒」なのでしょうか。

 

 窒素はドイツ語で Stickstoff と言いまして、「窒息させる物質」という意味です。空気中の窒素を分離して、その中に生物をいれると窒息して死んでしまうことから、そう命名されました。そして、日本語の「窒素」はこのドイツ語の意味を訳したものなのだそうです。

 

 この、生き物を「窒息」させてしまう「窒素」ですが、植物にとっては欠かせない存在です。学校で、三大肥料って習いませんでしたか?「窒素・リン・カリウム」です。

 このうち、「窒素」は空気中にたっぷり存在しています。ただし。空気中にある「窒素」は、植物にとって絵に描いた餅です。植物は「根」から養分を吸収するのですから。植物にとって役に立つのは、「化合物」となって雨に溶け、土中にしみこんだ窒素なのです。

 

 今、簡単に「化合物」となって、と書きましたが、化学反応はほっとけば勝手に起きると言うものではありません。反応を手助けしてくれるものが必要です。この場合、莫大な電力なんかいいですね。電気の力で窒素と酸素はくっつきます。

 さて、自然界で電力と言えば何でしょう。そう、雷です。雷のパワーで窒素は二酸化窒素などの化合物となり、雨水に溶け、地中に「固定」され、土地を肥沃にするのです。

 昔の人は、経験的に「雷の多い年は豊作」と知っていたのでしょう。そこから、雷は稲を孕ませる、すなわち稲の夫である=稲夫(つま)と名付けました。現在の「稲妻」という字には、江戸時代に変化したのだそうです。

 また、この説の他には、雷が鳴る頃、ちょうど稲が結実するところから「稲夫」としたという説もあるそうです。

 

 如何でしたでしょうか。私の蘊蓄は楽しんで頂けましたか?少しでも実りある時間であれば幸いです。では。

蘊蓄とウンチク返し

 私は言葉遊びが大好きですが、「蘊蓄」も大好き。聞くのも好きだし、得意げに語るのも勿論、大・大・大好き。

 昨日のことです。知人に、ある蘊蓄を語ったところ、お礼にとウンチクのお返しを頂きました。凄~く面白かったので、皆さんにも是非紹介させて下さい。なぜカタカナで「ウンチク」と書くかというと、英語に関するものだったので、なんとなくカタカナがいいかなと思って。では、始まり、始まり~。

 

 ダンベルはご存知ですよね。筋トレに使うアレです。スペルは、dumb bellで、dumb=黙った bell=鐘 という意味があるそうです。

 日本語では「アレイ」と言いますが、ちゃんと漢字がありまして、「亜鈴」と書きます。この「亜鈴」は英語の意味を、そのまま漢字に直したものなのだそうです。

 

 中世のヨーロッパ。教会の鐘は太いロープを力いっぱいに引っ張って鳴らしました。鐘を鳴らす係の腕は自然に鍛えられ、筋骨隆々、逞しくなるわけです。それをみた金持ちの息子達は考えました。

 「教会の鐘と同じ仕掛けを家に作ってトレーニングすれば、マッチョになって、女の子にモテモテじゃね?」(一部、私の想像が入っております)

 ところが、教会の鐘と全く同じ構造では、うるさくってしょうが無い。そこで、「鳴らない鐘」にすればいい!と。「音が出ない鐘」=dumb bellとなったワケです。これを漢字にします。本当は「聾唖」の「唖」が意味的には正しいのですが、この漢字では差別的な意味合いがあると言うことで、「亜」の字を、そして、ベルは「鈴」ということで、「亜鈴」となったのだそうです。

 その後、ダンベルは大きく形を変え、現在のようなものになったということです。

 ちなみに、同じベルに、棒(バー)をつけたものが、バーベルです。

 

 あまり面白いウンチクで、私の方はかすんでしまった気がして、遠慮しようと思っていたのですが、やっぱり黙ってはいられない。私の蘊蓄も、明日披露することにします。

あれい、面白いじゃ無いの」と言わせてみせますよ。お楽しみに。では。