おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

2021年買って良かった物「布団乾燥機」

 私は怠惰な主婦なので布団を干すと言うことにマメでは無く、かつ干したいときには干せる環境に恵まれてもいたので、布団乾燥機は持っていませんでした。ところが、暮れから急激に「布団乾燥機欲しい熱」が高まってしまい、初買い物として通販で買ったのでした。

 

シャープ プラズマクラスター塔載 ふとん乾燥機 UD-CF1-W

 

 これです。急ぎの物では無いので、性能と価格のバランス重視でお安い買い物が出来、その点でも満足しています。

 

 なぜ急に「欲しい!」と思ったかと言いますと、ラジオ通販の商品説明で、最近の布団乾燥機には「布団暖め機能」がついており、寝る前の10分程度で暖かい布団が準備できると聞いたからなのです。寒い地方にお住まいの方、あるいは年齢のせいか冷たい布団が苦手になってきたという方、わかるでしょう?分かりすぎるほど分かるでしょう?

 前にも拙ブログに書いたのですが、この冬は不思議なほど寒さがこたえているのです。それに加えて新年早々の大寒波。寒い寝室の布団が、耐え難い冷たさに感じられていたのでした。

 実際に使用しての感想は、んもう最高!「ん」タイプミスじゃないです。「もう」じゃ足りない。暖かい布団に入っただけで幸福感に包まれるし、寝付きも格段に良くなりました。

 実は、昨日までは「布団乾燥機なんてどこの家庭にもあるだろう。何を今更と思われるに違いない」と、ブログに書こうなんて思ってもいなかったのです。ところが、たまたま主婦三人に会い、たまたま布団乾燥機の話をしたところ、三人とも持っていないと言うではありませんか。しかも、「布団乾燥機って、敷き布団と掛け布団の間にマットを挟んで・・・」と、その知識は平成どころか昭和で止まっていたのです。

 「違う違う。今はマットが無いのが主流なの。ホースを差し込むだけ。使い終わってもマットを畳む手間無し。おまけにアダプターで靴乾燥も出来るし、急ぐときは衣類乾燥にも使えるの」

 三人の主婦は感想も言えないほど、「えーっ」と驚いていました。乾燥機なのに。

 「幸せはお金では買えない」なんてセリフをドラマなどで聞く事がありますが、そうでも無いですね。11,000円でこんなにも幸せを味わえるのですから。

 「お布団に入って幸せを味わう」なんて、ちょっと艶っぽい表現になりそうな気もするのですが、残念(?)ながら私の話は艶無し、つまりマットな仕上がりになったのでした。布団乾燥機だけに。

 

 実は今日の拙ブログはなんと、700投稿目の記事なのです。こんなにも続けられて自分でもビックリ嬉しく思っています。そして、そんな記念の回に、文字通り「暖かい話」を皆さんにお届けできて嬉しいです。では。

「つまらん、お前の話はつまらん」は大滝秀治

 しばらくブログの更新が滞っていました。ネタが無かったのです。ずっと家に閉じこもっていると、新しいことに出会うことも中々無いし、加えて、頭の働きも鈍ってくるような気がします。

 

 一週間前の土曜日、燃えるゴミの日でした。ゴミは8時半までに出すことになっており、しかも我が家の回収場所は、ほとんど8時半ピッタリに回収車がやってくるのでした。

 完全なる寝坊でした。ガバと掴んだ目覚ましい時計をみると、8時45分。体内に埋め込まれた加速装置が久々に起動し、目にもとまらぬ速さで「着替え・ゴミ袋を持つ・防寒着を着る」が同時に行われ、5分後には玄関に立っていました。

 「待てよ。回収車が既に行ってしまっていた場合、ゴミ袋を持ってスゴスゴ戻ってくることになる。人にみられたら恥ずかしいではないか、いい歳をして」

 まずは、様子をみて来ることに。やったー、まだだ、まだ回収車は来ていない。大急ぎでゴミ袋を持ち、誰も見ていないのに「落ち着き払った」という雰囲気を漂わせつつ、無事にゴミ出しを済ませたのでした。

 

 その後の朝食のテーブルにて。

 まだ東京に戻っていない息子その2と向かい合って朝ご飯を食べながら、上に書いたゴミ出しのくだりを熱く語って聞かせたのでした。そして、語り終わって気付きました。

 私 「ねえ。今の話ってつまらないよね。寝坊したと思ったけどゴミ出し間に合ったって、人に言うようなことじゃないよね」

 息子「うん」

 私 「お母さんって、そんな話を懇々と語るような人じゃ無かったと思うんだよね」

 息子「そうね」 

 私 「何でそんな話をするかって言うと、他に話すことが無いからなんだよね。年寄りの話はつまらないって言われるけど、その理由がわかった。生活がつまらないから。面白いことに出会わないからだ」

 

 かなり愕然としました。話すことが無い。なのに何か喋りたくて、どうでもいいような話をダラダラする。そうならないように気を付けようと思っていたのに。つまらない話はせめて年寄り同士で、若い人にはしない、そんなお婆さんを目指しているのに。

 これも新型コロナの影響の一つです。食べ物ばかりでは無く、話まで味気ない物にしてしまう、恐ろしやコロナ!

 

 タイトルの「つまらん、お前の話はつまらん」は、かつて、キンチョールのCMで俳優・大滝秀治が、あの独特のしゃがれ声で息子(岸部一徳)を一喝したセリフです。思い出して、ちょっと心に刺さりました。「つまらん、私の話はつまらん」とならないよう、気を付けたいと思います。

 あれっ、ひょっとして、このブログも相当つまらんのかな?読者の皆さんの反応が恐いです。キンチョーです。では。

うさぎと山の数え方

 16日の拙ブログに「うさぎ」と「山をかける」話を書いたのですが、その後偶然、「うさぎ」と「山」にまつわるエピソードに出会ったので紹介したいと思います。

 

 17日の夜、NHKの『ダーウィンが来た!』という番組はエゾユキウサギの特集でした。エゾユキウサギの走る(跳ぶ)スピードは日本の哺乳類最速と言われ、時速80㎞にも達するそうです。その速さの秘密は、ジャンプしたあとに着地する後ろ足は、前足よりも前方だということにあるのだそうです。なので、 ・・: と足跡が並んでいる場合、進行方向は右ということになります。

 数日のうちに、うさぎの足跡にめちゃくちゃ詳しくなった私です。ブログに知識の足跡を残せている感じです(自慢)。

 

 さて、山の方ですが、「16日、ネパール登山隊がK2冬季初登頂」というニュースがありました。

 「K2」が山の名前であり世界第二位の標高であることは知っていましたが、なぜちゃんとした名前ではなく、「K2」なのか。ぼんやりと疑問に思い続けていました。この機会にと思い調べたところ、非常な奥地にあって現地の人にもほとんど知られていなかったためということでした。他の山が調査後に新しい名前や現地の名前が改めて付けられる中、「K2」は、調査時につけられた「カラコロム山脈測量番号2号 Karakoram No.2」を意味する「K2」のままだった、と言うことが分かりました。

 そして、調べる過程でもう一つ大きな収穫があったのですが、それは、山の数え方のうち、標高の非常に高い山は、「一座、ニ座・・・」と数えられると言うことです。なぜか。それは、そのような山は「神の座るところ」だからなのです。もの凄い納得感がありました。

 

 数え方の単位と言えば、うさぎは哺乳類なのに「一羽、二羽・・・」と数えるというのは有名ですね。いわれは諸説あるようですが、四つ足を食べることを禁じられていたため鳥と偽って食べた、というのが有力なようです。私は個人的には、「「鵜(う)」と「サギ」という鳥の名がついているからというのが、ダジャレっぽくて好きですね。

 そして、山の数え方に関連して新しく知った、あるものの数え方が非常に面白いと思いました。それもやはり「一座、二座」と数えるのですが、何だと思いますか?答えは「入道雲」。まるで山のような姿だということなのでしょう。面白さがムクムクと胸に湧き上がりました。

 の数え方なのに、面白い物にくも無く出会える、やっぱり日本語って面白いなあ。改めて思いました。では。

うさぎなのかな?

 今日と明日の二日間に渡って、「共通テスト」という新しい大学入試制度が実施される。受験生の皆さんには頑張って欲しい。何よりも、無事に力を出し切ってもらいたいものだと思う。

 

 今週の弘前市はお天気に恵まれて、雪掻きから解放された一週間だった、特に、11日は本当に気持ちがいいほどに晴れて、例年であれば素晴らしい成人の日となったことだろう。今年は成人式も延期され、ほとんどひとけも無いだろうと思いつつ、弘前公園に散歩に行ってみた。

 

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 予想に反して、チラホラと言った程度ではあったが散策する人の姿が見られた。一名、あまり若いとも思えないような男性で、ショートパンツに生足で下乗橋(写真の赤い橋です)を渡ってくる方がいて、「今は歩いているけれどジョギング中なのだろう」とは思うものの、かなりギョッとした。今年の「初ギョッ」だ。

 そして、今年の「初残念」が一つあった。

 市民会館側からお城に入ると最初に渡る「杉の大橋」のところで、熱心に下を覗いている女性がいた。何だろうと、立ち止まって私も覗いて見ると、お堀の水が凍って雪が積もり、その上に動物の足跡が、行って戻ってという感じで綺麗についていた。

 そしてその足跡はちょっと変わっていて、縦に2個並んだ後に(あるいは前に)、横並びで2個。それがずっと連続している。なんの足跡だろう、どうやったらあんな風な跡になるんだろう。写真にとろうか迷ったが、手袋をはずすのが面倒で止めた。

 帰宅してから、モヤモヤと気になり始めてネットで調べてみたところ、その特徴的な足跡は後ろ足で跳ねるためにつく、つまり「うさぎ」特有の足跡だとあった。うそー!弘前公園にウサギが居るなんて、聞いたことも無い。人に尋ねようにも証拠が無ければ話の種にもしようが無い。ああ、なぜ写真を撮っておかなかったのか。「残念」の一言に尽きる。

「撮ろうか撮るまいか迷ったら撮る」。少しは学習して習慣にしたいものだ。

 

 最初に「共通テスト」の事に触れたが、昭和36年生まれの私は「共通一次」世代だ。「足切り」という悲しい言葉も流行った。懐かしい。

 高校時代の担任の先生は三年間同じ方だった。多分、その先生から聞いたのだと思うが、「うさぎ」にまつわる面白い話が忘れられない。

 「ある大学の文学部の学生だが、いつも講義をさぼっていた。いざ試験となっても、一夜漬けの山かけでは何も分からない。そこで解答用紙に自作の川柳を書いた。

   山かけてうさぎは谷に落ちにけり

 さすが文学部の教授、その学生を合格点とした、という伝説がある」

 その伝説とやらの真偽は不明だが、弘前公園にうさぎがいる事と同じ程度には信憑性があるように思われる。しばれる月の夜。雪の弘前公園を我が物顔にかけるうさぎ。ちょっと幻想的だ。

 話を「山かけたうさぎ」に戻すが、今にして思えば、うさぎは一夜漬けとは言え「目が真っ赤」になるほど勉強したに違いなく、教授が合格点を与えたのもその努力に対してだったのかも知れない。

 受験生の皆さんも、最後まで諦めることなく、頑張ったうさぎのように答えが「かけて」いたらいいな、そう願っている。では。

私にとって編み物とは

 編み物熱が高まってしまって、まぶたがピクピクするほど長時間編んだりしています。そもそも、何十年もご無沙汰だった編み物を再開したのは、退職して時間が有り余っていることと、手許にある毛糸をなんとか処理しないとという、「断捨離」の一環としてでした。糸のままで捨てるのはあまりに忍びなく、何か形ある物にして少しでも使った後でなら心置きなく捨てられると、そう考えたのでした。

 

 編み物をしている時間はそれなりに楽しいのですが、昔と違って安くていいものが簡単に手に入るこのご時世に、私は一体何をしているのだろうと、戸惑いにも似た、そんな疑問がふと頭をもたげることがあります。

 暮れに会った友人が、とても素敵なコートを着ていました。聞けば、わざわざ習いに行って時間とお金をかけて自分で仕立てたとのこと。素晴らしい完成度に感心しつつ、質問せずにはいられませんでした。

 「ねえ、コートはいっぱい持ってるでしょう?新しいのが欲しければ買うという選択肢もあるよね。なんで自分で仕立てようと思ったの?」

 「それが、断捨離しすぎて気がついたら冬のコートが無かったのよ。で、たまたま貰い物の生地があるし、作ろう!と決心したの。でも、自分を追い込まないと中々進まないから、習いに行って短期間でけりをつけることにしたの」

 そうかあ、コートが無いから買うか作るか、生地があるから作る。手作りにはそういう切実な動機もあるのだなあと、なんだか目からウロコって感じでした。

 別な日。別な友人に会った際、私が着ているセーターを自分で編んだと自慢したところ、

 「編み物っていいよね。私ももう少し時間が出来たらやりたいと思ってるの。教えてね」

 そう言われました。でも、私は彼女に次のように言いました。

 「昔の道具や毛糸が残ってるならいいけど、新しく買ってやるなら勧めないよ。毛糸代も結構かかるから、同じお金で既製品を買った方がいいと思う。編み物ってサイズピッタリに作るのも、なかなか難しいし」

 彼女からはとてもハッキリとした答えが返ってきたのでした。

 「私の母が縫い物も編み物も何でも出来る人で、自分の着るものは何でも自分でつくってたの。それを見て育ったせいか凄く憧れがあって。私も年をとったら、自分のものを自分で作って身につけたいと思ってた」

 人それぞれ、手作りすることに対しての「思い」というものがあるんですね。

 さて。

 では私にとって編み物とは何か、ちょっと考え、結論に至りました。そうそれは、紛れもない「趣味」なのです。

 

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 編み物が趣味って、何を今更とお思いの読者もいらっしゃる事でしょう。どういうことか、説明したいと思います。

 私、毛糸を買いました。写真がその毛糸です。今までは、大昔に買った糸や残り糸、母達から引き継いだ糸など、ほとんどお金をかけずに編み物をしてきました。それでもまだまだ手許には古い糸があるのです。が、編み物の本を見たりして「編んでみたいなあ」と思う作品に出会っても、手持ちの糸では合わないのですよ。今までは手持ちの糸で出来る物を編んできましたが、方針変更。編みたい物があるときは糸を買って編むことにしたのです。お金はかかりますが、いいの、趣味だから。趣味ってお金がかかるものでしょう?

 長々と書いてきましたが、ここまでの字数を費やして何を書きたかったかと言いますと、「毛糸にお金を使ってもいいよね」という自分に対する言い訳なのでした。

 

 写真の毛糸は通販で買ったのですが、「かせ」の状態で届きました。椅子の脚に引っ掛けて玉に巻いていると、息子が「何やってるの?」と聞いてきました。そうだよね、若い人は「かせ」の毛糸なんてみたこと無いよね。「かせ」のままでは使えないからこんな風に巻き直すのだと説明しながら、

 「ほら、これってサザエさんちのタマがじゃれる、あの毛糸だよ」と糸玉を見せました。考えてみれば、糸玉は「かせ」から巻くか、編みほぐしの糸を巻くかしないと出来ないわけで、新品の毛糸しか知らなければ珍しかろうと思ったのです。

 「ああ、分かる分かる」

 息子の反応は素っ気ない物でした。そうよね、面白い物でもないわよね。たまに独りで勝手に盛り上がってしまうところが私の欠点、に瑕なのです。

 新しい毛糸は編みたい作品の指定糸で、でも色は自分の好みで注文したので出来上がりがどうなるか、とっても楽しみです。あまりあせらず、ゆったりとした気持ちで丁寧に編んでいきたいと思っています。

 勿論、古い糸だって粗末にはしません。使いようによっては面白い物が出来ますから。

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 Youtubeを参考に、あまり糸をかき集めて編んだ帽子です。あまり難しく考えず、配色はかなりいい加減、行き当たりばったりで編んだのですが、なんとなくまとまりました。

 冬は暗い色が多い中、ハッと目を引く帽子になったと思います。残り糸をあれこれ工夫して使うのはボケぼうしにもなるかもしれないし、新しい糸だけではなく、古い糸も意図的に活用していきたい思います。では。

「大人になったな」もないもんだ、とは思うけど

今週のお題「大人になったなと感じるとき」

 

 還暦を迎えるというのに「大人になったな」もないもんだろう、とは思うのですが、今週のお題でも有り、更に偶然にも最近、「大人なんだな-」と感じたことが有ったので、このテーマで書くことにします。

 

 読者の皆さんは「四十肩」あるいは「五十肩」は経験されましたでしょうか。経験は無いけれど聞いたことはあるという方もいらっしゃるかと思います。私は両方経験しました。大人の階段をちゃんと二段上ったわけです。でもなぜか、40代の時も50代の時も、痛んだのは右の肩でした(右利きです)。二回とも痛みはかなり強く、治るまで結構、そうですね、一年以上かかったと思います。「四十肩・五十肩」は時期が来れば自然に治ると聞きますが、私の場合も特に何をしたというわけでも無いのですが、いつの間にか治りました。

 去年の11月の下旬頃からでしょうか。左の肩に痛みを感じるようになりました。 

 朝、布団から起き上がるときに痛い。左腕を伸ばした瞬間、ズキッとくる。あ、これはあれだ、「四十肩」、あの痛みだ。すぐに思い当たりました。なにせ大人なもんですから、経験者ですから。

 「60になるというのに、40肩とは若い若い」なんていうのは、いかにも年配者の好きそうな冗談ですが、全然嬉しくない「若さ」ですね。とりあえず、前回の経験で意識的に肩周りを動かしたり、お風呂で暖めたりすると楽になることが分かっているので、様子をみながら付き合っていきたいと思っています。

 思い返すと、12月に入った頃だったでしょうか。居間でも寝室でもなんだか左の肩がスースーして、今年の冬はやけに隙間風を感じるなあ、しかも、決まって左側からだ、そんな風に感じたことがありました。あれは今になってみると、隙間風というよりも患部に冷えを感じていたという事だったのかも知れません。若いときには気付かない、体からのちょっとした不調のサインを「冷え」という形で受け取る、これも「大人になった」からこそでしょう。「病は冷えから」と言いますが、「冷えは病から」もまた真なりなのかもしれません。

 そう言えば、「金欠病」も「懐が寒い」と言いますものね。

 あ、また年配者の好みそうな冗句を書いてしまいました。こんな事では若い読者に「さむーい」と言われてしまいます。気を付けなければとは思うのですが、ついこんな冗句を書いてしまうのも又、「大人になった」証拠なのです。では。

貧しさが生む「人を思う」一例

 今日のタイトルはなんだか大げさですね。内容はどうと言うことも無い、自慢と思い出話です。

 自慢はこちら ↓

 

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 編み込み模様のミトンを編みました。二年前から編み物を趣味としていて、いろいろ編んでいるのですが、「編み込み模様」は初めてです。何回もほどいて編み直して、小さな物なのに時間がかかりました。

 そもそも、手袋などの二つでセットになっている物は、左右が同じになるように編むのが中々難しいのですが、特に編み込みは難しかった。ちょっとした力加減で大きさが変わってしまうのです。コツを掴むまでしばらくかかり、また、編み図を何回も読み間違えたり、更には糸が太すぎて指定の段数では大きくなりすぎたり。ウンザリさせられたこともしばしば。ちょっと不満もあるのですが、完成まで漕ぎ着けたことで、良しとします。以前の私なら途中で投げ出していたかも。ちょっと成長です。

 この後、紐をつくって左右をつなぐ予定です。子供の頃のように。紐がついていると、はずした時にいちいちバッグやポケットにしまわなくても、拍子木のように首からかけれて便利かと思って。やってみます。

 ※「拍子木のように」って、我ながら喩えに年齢を感じます(笑)。比喩用心、カンカン。

 

 手袋と言えば、大昔、まだ小学生だった私に母や祖母がよく言った言葉があります。それは、「手袋は使わないときは、必ず二つ重ねて折ってポケットにしまいなさい」というものでした。更に続きがあります。

 「そうしておけば、万一落とした時も、拾った人が使えるから」

 若い人やあるいは年配でも、裕福に育った方には信じられないでしょうね、拾った手袋を使うなんて!私でも、今なら気持ち悪いと思いますもの。

 私が育った青森県下北半島にある町は本当に田舎で、田舎だと言うことはつまりは貧しいということです。私が子供だった頃でも相当貧しい地域だったのですから、祖母や母のような戦前・戦中の世代には貧しさが骨の随まで染みついていたのでしょう。

 道で拾った手袋、おそらくは雪の上にあって綺麗な状態で、落とし主が見つかる可能性が無いものは貰って自分で使う、それはそのあたりの住民にとっては共通認識だったのでしょう。

 「拾った人が使える」は、私の祖母や母だけではなく、皆の当たり前の生活の知恵の一つだったのだろう、そんな風に想像するのです。思いやりとか親切とかそんな立派なものでは無くて、生活に根ざした自然な振る舞いに過ぎないちょっとした心遣い。でもその根底には、貧しいからこそ「人を思う」ということがあるのだと、そんな風に思うのです。では。