おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

「ウミガメのスープ」というゲーム

 息子(32歳)に、「若い人は皆んなウミガメのスープって知ってるの?」と聞きましたら、「知ってると思うよ」とのことでした。読書諸氏はご存知かな?

 水平思考クイズの一種と言う説明がネットにあったのですが、簡単に昭和風に言うと「頭の体操」と言うことですかね。深く掘り下げて考えるのでは無く、柔軟に多角的に考察して答えに辿り着くというゲームです。

 「ウミガメのスープ」はその中の代表的な問題で、「ある男がウミガメのスープを飲んで、これは本物のウミガメのスープかと質問する。そうだと言う答えを聞いた男は、その後自殺する。なぜか」という問いです。回答者は質問者にイエス、ノー、関係ない、で答えられる質問を繰り返し、答えを探し当てると言うルールです。

 答えが気になりますよね。でも、ここではそれは伏せますので、お知りになりたい方はネットで検索して下さい。すぐに辿り着くはずです。

 さて、多くの方が子供の頃に『ロビンソン・クルーソー』を読んだ事があると思うのですが、私は小学校高学年の頃に、その本のモデルとなった、アレクサンダー・セルカークの、実際の経験に即した小説を読んだ事があるのです。細かいことは忘れてしまいましたし、ロビンソン・クルーソーと記憶が混じっている部分もあるのですが、野生のヤギのアキレス腱を切って家畜化した事とウミガメを捕まえてスープを作った場面が強く印象に残っているのです。

 特にウミガメのスープについては、「パリあたりではとんでもない高級品だと言うじゃないか」と楽しみにして口にしたのに、生臭くて飲めたものじゃない。それが最初の出来でした。ところがその後、試行錯誤を重ねるにつれ、どんどん美味しいスープが作れるようになっていき、何匹目かのウミガメの頃には、うっとりするようなスープになった。そんなシーンがあったと記憶しているのです。

 「ウミガメのスープ」というゲームの名前を目にした時から、そのアレクサンダー・セルカークのお話が気になってしょうがない。ところがどうしてもタイトルが思い出せない。いろんな角度から検索してみても、全然 ヒットしないのです。まるで水平線の彼方に泳いで逃げて行くウミガメのように捕まえられないでいます。読者の中に、「読んだことある」と言う方、いらっしゃいませんかね。タイトルがわかったらどんなにスッキリサッパリすることか。敵に出会った亀のように手も足も出ない私に、助け船が現れないものか。ネットでもAIでもダメな時は「人」が最後の頼みの綱。お礼は出来ませんが、「かめへん」って感じでご助力いただけたら嬉しいです。では。

雀がたくさん

 24日の土曜日、所用で弘前公園のお堀沿いを歩いていたら、

 頭の上から賑やかな鳴き声が降ってきて、立ち止まって見上げると

 桜の木に止まったたくさんの雀。

 しかも、お手本のようなふくら雀状態。可愛いいなぁ。しかも、私がモタモタとスマホのカメラを構える間も逃げずにちゃんと撮らせてくれて、ほんと、可愛い。

 写真を撮り終わったあと、目的地に向かって歩きながら、「あれ?麻雀ってなんで雀なんだろ?」という疑問が湧いてきて。帰宅して調べてみますと、諸説ある中に「牌をかき混ぜる音が雀が囀るようだから」という説もあると知り、ちょっと面白く思いました。

 そう言えば、雪の関係もあって、しばらく麻雀仲間(素人に毛も生えてないレベル)と卓を囲んでないなあ。近いうちに声をかけてみようかな。牌をかき混ぜるよりお喋りの方が賑やかで、井戸端(ばた)雀以上の井戸婆(ばば)雀の集まりだけど、今年も元気に仲良くやって行きたいものです。

 麻雀は認知症予防に効果があるとか聞くので、その実例になれたら凄く嬉しい。ロンより証拠ということで、麻雀だけにね。では。

今年3つ目の自慢(笑)

 昨年の編み物作品、三つ目の自慢です。

 糸自体に特徴があるので、シンプルなラグランセーターにしました。

 この作品は珍しく糸を買って編んだものです。昨秋、編み物仲間に付き合って手芸店に行ったところ、夏物糸が大変お安くなっていて、お色もさることながら、10個セットのそのお値段に一目惚れしてしまい、即決で購入。なので、見た目に反して春秋物のセーターなのです。

 購入の際、お店の方に、

「こちらは現品限りですので、買い足しは出来ませんが宜しいですか?」と念を押されましたが、

「はい、大丈夫です」と元気にお返事。セーターには充分だという自信がありましたし、万が一足りなくてもどうにでも出来るという自信もあったのです。

 この自信は、編み物歴も長くなり経験も積んで、それなりに成長したという証ですかね。この、ちょっとづつでも成長出来ると言う点が、何かを作ると言うことの良い点であり、喜びでもあるかもしれません。そして、もう一つ。既製品だったら手を出さない・出せないような色やデザインにも、不思議と挑戦出来てしまうのも手作りの面白いところです。

 実物は写真よりも赤みが強くて、既製品なら「若過ぎかな?」と手を出しかねるかも。でも、手作りで思い描いた通りに出来上がると、少しぐらい若かろうがなんてことない。若すぎ君であるよりも、出来すぎ君である事が嬉しいの。夏糸の弱点である袖口が伸びた君にならないよう、大事に着用したいと思っています。では。

コストカット

 1月10日、新年早々やらかしてしまいました。我が家の暖房は灯油ボイラーからのパネルヒーターなのですが、何だか寒い。コントロールパネルを確認すると、灯油切れのエラーマーク。わー、やっちゃった。

 いつもの配達店に電話すると、お休みの自動音声。そこからはてんやわんや。

 ポータブルの石油ストーブを出したり、ネットで配達してくれる業者を探して交渉したり、灯油タンク周りの雪をどかしたり。

 なんとか業者をみつけて給油はしてもらい、ボイラーは点いたものの、夕方にはまたしてもエラーマーク。エア抜きというものが必要な状況になってしまいました。素人でも出来ない事はないらしいのですが、心配なので業者さんにお願いすることにしたのですが、あいにくの三連休。土日月はポータブルストーブとエアコン(寒冷地用ではないので力が足りない)でしのぎ、火曜日に復旧して貰えました。パネルヒーターがある生活って、素晴らしい!

 そして、それからの私の課題は電気代の節約になりました。急遽入れて貰った灯油は定期契約より高かったし、エアコンの電気代もかかったし、エア抜きの料金だってそれなりの請求だったし。身から出た錆とは言え、余計な出費はどこかで挽回したいと思う主婦心。削れるところを考えたところ、無駄な電気は消す、これしかない。息子には父親譲りの「電気はつけれるが消せない」という習性があり、口うるさくするのは言う方も言われる方も嫌なので、今までは黙認していました。でもこれからは私が頑張って、小まめに消す所存。私のやらかしなので、私が挽回したいのです。

 お話変わって、先日、端数のある金額を引き出したくて銀行の窓口に行きました。引き出しは二口ありました。カウンターでお皿に入った現金を受け取る際に、

「袋をお願いします」と言ったところ、

「袋はお一人様一枚でお願い致します」ということでした。言われて見ると、カウンターにその旨の貼り紙もありました。

 「銀行も大変なんだなぁ」そう思いました。ちょっと胸をつかれる思いがありましたね。銀行って、あんなに気前よくタオルやラップをくれてた時代があったのに・・・。

 どこもコストカットに必死なんだなぁ。企業も家庭も小さなとこからコツコツと。私の家も銀行も、おが節約の担い手なんだなぁと、銀行に親近感を持ったのでした。(残念、銀行じゃなくて信金だったら、親近感でダジャレになったのに)では。

空から来るもの

 寒〜い。そして、朝は晴れていたのに、また降って来たよ、雪。

 雪国に住んでいるのだから雪が降るのは当たり前。なのに、やっぱりウンザリしてしまう。雪掻きが待ってるからさ。

 今年は年明けから雪、雪の日々で、朝の雪掻きが日課の年初だったのだけれど、9日(金)はちょっといいお天気で、思い切って車で青森市まで行ってきた。

 青森県立美術館で開催中の上の展示と、県立郷土館のサテライト展の「石」を見に。

 金魚はね、まあまあって感じ。金魚って「妖しい」が魅力だと思うんだけど、それにはちょっと欠ける感じがして。面白くないこともないんだけど。

 青森県立美術館には奈良美智の有名な「犬」が居るんだけど、積雪のために通路が通行禁止で、見られなかった。居るんだけどいぬ、なんちゃって。え、つまんない?そう言う態度、ケンもほろろって言うんだよ。

 でも、もう一つの大型展示の「森の子」は写真バッチリ。

 最初に雪の愚痴をぐちぐち書いたけれど、こんな景色に出会えるのもまた雪国ならでは。雪は空からの贈りものとも言えるかも。

 そしてもう一つ、空から降って来たものがこちら。

 郷土館の「石」展に展示されていた穴の開いたトタン板。そしてその奥のガラスケースに入っているのが犯人。なんだと思う?

 答えは隕石。「青森隕石」。トタン板は屋根のひさしだった部分で、隕石が貫通したのだそう。ヒェー恐ろしい。

 考えてみれば隕石にしろ雪にしろ、場合によっては空から降ってくる「恐怖の大魔王」にもなり得るわけで、かのノストラダムスに「そら見た事か」と言われかねない。

 でもね、見慣れた雪景色でも、やっぱり「綺麗だなぁ」と思ってしまう。それもまた雪国の暮らしの真実なのさ。では。

今年二つ目の自慢

 前回のブログに貼った過去記事に「編みかけのひざ掛け」とあって、ああそう言えば「ひざ掛け」も完成したのに、お披露目して自慢するのを忘れてた!

 棒針編みで編むレース編みで、「クンストレース」という技法でモチーフを編み、つないでいます。モチーフの中央から5本の針を駆使して編んでいくの。自分の目を突きそうになりながら(笑)。でも、決して難しくはないの。案ずるより編むが易し、なのです。

 残り毛糸を引っ張り出して適当に編んだので、配色が今ひとつの感あり。もっと計画的に取り組めば良かったなぁと反省しています。

 でも、フリースの裏をつけたので、暖かさはバッチリ。使い道のなかった景品のフリースを活用出来たのは、我ながらグッドアイデア

 よろしければご参考に。「人のフリース見て我がフリースなおせ」とか言いますしね。では。

今年最初の自慢

 新年おめでとうございます。今年もお付き合い下さい。

 新しい年を迎えたというのに昨年のやり残しが色々とありまして、宿題をためてしまった子供の気分で、一つ一つ片付けていく所存です。

 先ずは、下の過去記事で語りに語っていたセーターの完成報告を。

chokoreitodaisuki.hatenablog.com

 とっくに完成していたのですが、なぜかブログに載せられずにいたのです。

 前見頃の中央に模様編みが入るのは普通ですが、このセーターは両サイドと袖にもアレンジした模様が入るのが特徴です。

 日本ヴォーグ社『毛糸だま』2024秋号掲載のデザインです。このデザインを考える方の数学的センスって、絶対すごいと思います。緻密な計算が必要だと思うのです。

 ひるがえって私なのですが、計算力も無いし性格はズボラなので、6玉あった毛糸に、あと3玉買い足せば足りるだろうと決め込んで編み進めたところ、足りない!もともとが丈が短めのデザインではあったのですが、ちょっと短かすぎ。前はまだしも、後ろ見頃は我慢出来ない。

 ということで、写真をご覧頂くとお分かり頂けると思うのですが、後ろの裾には色の違う余り糸で編み足してあります。まあ、結果的にはきちんと完成に至る事が出来たので良しとはしています。

 きっと今年もこの調子で、いいかげんながら何とか誤魔化し誤魔化し、しのいでいくのでしょうね。

 こんな私でもどうか、何事もうまくいきますように。午年の願いです。では。