おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

電気圧力鍋その後

 2月に、「欲しい」という衝動の赴くままに電気圧力鍋を買ったことをこのブログに書きました。

 「欲しい、欲しい。買ったら絶対いろいろ作る!」と意気込んだものの、もともとお料理が好きなわけではないうえに生来の飽きっぽさも有り、「本当に使うだろうか」というかすかな危惧もありました。二ヶ月経ちまして、使ってます、それなりに。まあ、二ヶ月と言えばまだまだ様子見の期間。これからどうなっていくか、自信満々と言うわけでは無いのですが。

 

 電気圧力鍋の素晴らしい機能に、定温を保つということがあげられます。なので、最近耳にする「低温調理」や「発酵調理」も出来るのです。「低温」の方はまだ試していませんが、「発酵」の方は何回か使いました。甘酒をつくるためです。私は、甘酒自体はそのまま飲料にする程には好まないのですが、以前友人から手作りの甘酒を貰った際に、「ヨーグルトに添えても美味しいよ」と勧められ、試したところ、大はまり。その友人に、「つくったらまた頂戴ね」と甘えたほどです。甘酒だけに。

 発酵のための時間が9時間程度かかるので、夜寝る前に麹と水を仕込んでスイッチオン。それだけで翌朝には美味しい甘酒の出来上がり。小分けにして冷凍すれば、いつでも簡単に甘酒ヨーグルトが楽しめるのです。この先電気圧力鍋は、例え「圧力調理」の出番が滅多に無くとも、甘酒作りのために使われるんじゃないかな。いくらダラな私でも、麹と水を入れるぐらいはするだろう、そう思っています。

 「圧力調理」としては、無水カレー、豚汁、ぶり大根、肉じゃが、鶏のさっぱり煮、等をつくりました。どれもそこそこ美味しく出来ました。味は各人の好みもありますから、二回目以降はレシピ本通りではなく、調味料を加減すれば、その内に「文句なく美味しい!」という出来になるかも知れません。今後に期待です。

 さて、今回、電気圧力鍋で料理をしてみて分かったことがあります。

 私はずっと、一口に「料理は好きでは無い」と言ってきたのですが、料理には様々な工程があり、その全てが嫌なわけでは無いと気付いたのです。材料を切る、調味料を計る、それらは嫌いではないのです。大さじ1と1/2とかあっても、全然面倒に感じないのです。では一体何が嫌い、あるいは面倒くさいかと言いますと、火を使う作業が好きではないと分かった気がします。炒めたり、茹でたり、あくを取りながら煮込んだり。火を使う作業というのは時に難しかったり、あるいは簡単であれば退屈だったり、私はあまり楽しいとは思えないようなのです。

 その点、電気圧力鍋の素晴らしいところは、材料を切って調味料を入れ、指定の時間通りにセットすれば、あとは出来上がりを待つだけという手軽さ、気軽さなのです。

 これはちょっと、先の展開が楽しみかも。案外、電気圧力鍋を使った料理は好きになるかも知れません。「買ったからには使わなければ」という無言の圧力によってでは無く、自分から積極的に活用する可能性も出てきました。いいぞ~。

 

 今までにつくったメニューとして、上で無水カレーをあげましたが、これは付属のレシピ本からではなく、息子その1から教えて貰ったものです。とっても辛いのですが、コクがあって本当に美味しいのです。しかも簡単。以前、家族が揃った際に息子その1がつくってくれて、皆、「絶品!」と口々に褒めそやした、息子自慢の一品です。

 カレーが美味しかったのは勿論息子の腕もあるでしょうが、やっぱり家族四人(諸事情で普段はバラバラに暮らしています)が、久しぶりに揃ったということも大きいでしょうね。親子四人水入らず、無水カレーだけに、ですね。

 

 ところで、無水カレーって、読み方は「むすいカレー」でいいんですよね。というのは、先日Youtubeでお料理動画をみていたら、若い男性が「今日は電気圧力鍋を使って、むみずカレーをつくります」って言ってたんです。「いや、むすいでしょ?」と思ったものの、100%の自信は無くて・・・。むすい、ですよね、ね、ね。もし万が一、むみずが正しく私が間違って居た場合は、そこはさっと水に流して頂きたいと思います。では。

最近大笑いしたこと

 声を出して笑う、それも「わっはっはっ」と文字におこしたくなるほどの笑いとなると、そう頻繁にはないものです。特に一人で暮らしていると、テレビやネットをみてクスリとかニヤリ程度、そんな日常です。ところがつい最近、続けざまに二度、文字通り腹を抱えて大笑いさせられました。

 

 一度目は先週の火曜日、友人に誘われ三沢市にある「寺山修司記念館」を訪れたときのことです。寺山修司の著作としては、『書を捨てよ、町へ出よう』『家出のすすめ』等々、かなりの数が出版されています。

 ところが、私は全然読んだ事がないのです。これはイカン、これから少し読んでみなければと思っているところです。特に、寺山修司の短歌が面白いのは知識としてはありましたが、今回記念館を訪れて改めて凄いな~と感じたので、読んでみようと思っています。

 さて、記念館の駐車場に降り立った時です。友人が言いました。

 「ここのショップでサキイカを売ってて、スゴく美味しいのよ。しかも、名前が『家出のするめ』」

 聞いた瞬間、私は自分でもビックリするほどの大きな声で、体を二つに折り曲げ呵々大笑。何がそこまで「ツボ」だったのか自分でも分からないのです。が、体を大きく揺らしてゲラゲラ笑う様は、あたかも函館名物「いか踊り」のごとくだったのではないか、そう思うほどでした。

 「私も絶対買います」心に誓いました。

寺山修司謹製!家出のするめ40g

 ご覧のようにパッケージもとても可愛くて、イカながらスミに置けない存在です。

 

 二度目はつい昨日のことです。高校に勤める友人から、昔、国語のテストで実際にあった「珍回答」というのを教えて貰ったのです。

 

 問題 「たまさか」という言葉を使って短文を作りなさい

 回答  あんたまさか・・・。

 

 これを聞いたのは友人と一緒にウオーキングをしていた時だったのですが、立ち止まってしまいました。「笑い転げる」という表現がありますが、転がらないまでも、歩きながら笑うのは不可能なほどの笑いのビッグウエーブ、真に「たまさか」のと言うべき大波でした。

 

 大声で笑うとさっぱりする、これは本当だと実感しますね。でも、なかなかそんな面白いことに出会うこともないものです。そんな中、今日の拙ブログが少しでも笑いを提供できればと願っています。

 でも、「笑い上戸なの」という方がいらっしゃいましたら、万が一のため、ひとなかではなく、お家で読まれた方がいいかも知れません。私からの「家で」のすすめです、はい。

 また、珍回答については、以前にも拙ブログに載せたことがあります。珍回答は何回読んでも面白いので、宜しければこちらも読んでみて下さい。では。

chokoreitodaisuki.hatenablog.com

「鮫支店」ってカッコ良くない?

今週のお題「下書き供養」

 

 今週のお題を見た瞬間、「ああそうだ、青森銀行鮫支店のことを書こうと思って下書きに保存して、そして結局断念したんだった」と思い出しました。

 青森県八戸市には鮫町という地名があって、青森県民にとっては耳に馴染んだ地名です。でもきっと、県外の人にとっては「えっ」と思うような地名なのではないかと思い、そういったことに触れながら、青森県の鮫にまつわる特殊事情を書いてみようと思ったのです。

 まず、ネタの一つ目として「青森銀行鮫支店」という字面のカッコ良さについて書こうと思いました。まるで、テレビドラマの舞台になりそうな支店名じゃないですか。支店長役はゼヒ舘ひろしさんでと、そこまではトントン拍子に思いついたのですが、その先の展開が思いつかず、ひとまず保留。次のネタを書こうと思いました。

 二つ目は、青森県では鮫を食べるというネタです。津軽地方には鮫の頭を使った郷土料理があるので、魚売り場には歯を食いしばった「鮫の頭」が並んでいたりします。また、私は漁村育ちなので、実家に居た頃、母がつくった鮫のお刺身を食べたこともあります。なんでも、普通の鮫はアンモニア臭があってお刺身では食べられないそうですが、ナントカと言う鮫だけは例外で、お刺身オッケーなのだそうです。

 残念ながら、そのお刺身に出来る鮫の名前は分からず、鮫を使った津軽の郷土料理も実は良く分からないので、こちらのネタもあまり内容が膨らまず、やっぱり保留。そうこうしているうちに、鮫の事を書こうと言う熱が冷めてしまい、下書き状態で放置となっていたのでした。

 ところがこうして、今週のお題「下書き供養」のお陰で、なんとか記事の体裁となり、本日のブログとして日の目をみるという展開になったわけです。嬉しいです。どうということもない内容ですが、お付き合い下さり有り難うございます。

 最後に自画自賛になりますが、鮫の記事は内容はともかく、目の付け所がシャークでしょ?では。 

チャールズ皇太子の「メガネ」

 昨日のブログで故ダイアナ元妃について書きました。そうしましたら、連鎖反応で、チャールズ皇太子にまつわる、ある記事のこともよみがえって来たのです。

 

 チャールズ皇太子・ダイアナ妃夫妻の離婚の原因が、皇太子とカミラ夫人との長年にわたる愛情関係にあった事は、これはもう明白すぎる事実として世界中が共通認識を持っていますよね。その事は離婚の噂が出始めた頃から取り沙汰されていたと記憶しています。

 これから書く事は、新聞だったか週刊誌だったか、いずれにしろ、今のようなインターネットに情報が溢れるという時代ではなかったので、活字で目にしたのだと思います。内容は、この離婚を巡ってのイギリスの人々の反応でした。その中で、

 「ヘイ、チャールズ、メガネを替えた方がいいぜ」

というジョークも紹介されていました。私がそんな事をはっきりと記憶しているのは、そのジョークに対して反感を持ったからだと思います。

 「女性の魅力を容姿や若さに限定しない、チャールズ皇太子こそ素晴らしいじゃないか」

 半分は冗談交じりに、そんな事を周囲(夫を含む)に言った様な気がします。

 

 それにしても時代は変わりましたね。もし今そんな事を、例え冗談にしろ公的に発言しようものなら、たちまち炎上間違い無しです。「女性の価値は若さや容姿だけ」と捉える、差別主義者と受け取られてしまうことでしょう。

 勿論、差別的な言動が厳しくとがめられるのは当たり前のことだと思います。また、とがめることによって古い価値観が是正されて行くのだろうとも思います。ただ、私自身、ついつい「面白いと思って」という浅はかなノリで不謹慎な事を口走ってしまったりする方なので、恐ろしい時代になったものだと、ちょっと震えたりもするのです。気をつけなければとは思っているのですが。

 

 昔昔、『兼高薫 世界の旅』というテレビ番組がありました。その中で、ほんの時々、本当に稀にですが、次の様な会話があったと記憶しています。

 兼高薫 「今画面に映られた方、プリンス・オブ・ウエールズですのよ、ホホ」

 芥川隆行「ほほう、プリンス・オブ・ウエールズと言いますと、英国皇太子」

 私がその番組をみていたのは70年代だったと思います。あれから40年以上の月日が流れ、チャールズ皇太子も72歳になられました。お孫様もおられます。それでも依然、皇太子。移り変わりの激しい世にあって、変わらな過ぎてビックリです。同様に、エリザベス2世、御年94歳、本当に変わらない。さすが、『God Save the Queen』。

 女王陛下にはいつまでも女王陛下でいて頂きたいとも思うし、そろそろこうたいしチャールズ皇太子戴冠式を(テレビ越しに)拝見したいような気もするし・・・。悩ましいところです。イギリスにはなんの関係も無い私が、そんなお節介なことを考えるのは、やっぱり「皇室」というものがある国に生まれたからでしょうか。「皇室」にはやっぱり無関心ではいられず、あれこれと考えてしまうのです、最近特に・・・。では。

故ダイアナ元妃の帽子

 冬の間、外出の際には帽子を愛用していました。帽子は防寒に役立つという、家庭科で習うような知識は当たり前に持っていました。が、ここに来て、それを実感として感じるようになりました。

 「年取ったら、頭が寒くて。お年寄りが帽子を被るのが分かったわ~」と何人もの友人達も口にしています。

 もう一つ。帽子は寝癖隠しにもなるのです。ちょっと出かけるのに髪を整えるのが面倒な時ってあるでしょう?(出かける予定が無いときはボサボサ頭で過ごしていたりするでしょう?「みんなそうだよ」、そうでしょう?そう言って)

 どんな髪の状態だって、帽子さえ被ってしまえば一件落着、便利なことこの上なしなのです。

 

 春になって、今度は日焼け防止のために被るようになりました。特に、自転車で出かけるときには風に飛ばされないよう、頭にきつくフィットする専用の帽子を愛用しているのです。出かけて、用事を済ませてサッサと帰って来るだけなら問題ないのですが、ランチやその他、帽子をとらなくてはならない場面があると、これがですね、非常に困ってしまうのですよ。せっかくドライヤーを駆使して膨らみをつけた髪がペチャンコ、一気に年をとってしまう感じなのです。

 

 さて、いきなり昔の話です。

 1986年、ダイアナ元妃、当時はダイアナ妃、が来日されました。その当時、週刊誌か何かで読んだ記事の事を、私の記憶だよりで書きたいと思います。ググっても見つけることが出来なかったので。

 確か、京都のお寺だったと思うのですが、建物全体だったか、そのお部屋だったかが国宝に指定されていたのです。そこで、帽子のツバが何かに当たっては困るので、帽子をとって下さるよう妃にお願いしたそうです。ところが、妃は「女性の帽子はどのような場であっても、とらなくてもいいというのがマナーだ」と強く抵抗したという内容の記事でした。結局帽子をとったかとらなかったのか、そこは私の記憶に無いのです。が、今回、たまたま目にしたネットの画像に、室内で帽子をとられている写真があったので、恐らく妃が折れたのではないかと思われます。

 確かに、西洋マナーの解説などを目にする機会があると、「女性のファッションは帽子を含めてトータルでコーディネートしているものなので、帽子をとる必要はない」とあったりします。私も実際に海外旅行先で(どこだったかは忘れました)、「男性は帽子をとって下さい。女性はオッケーです」と言われたことがあります。

 ファッションは、それこそ頭の天辺から足の先まで、トータルで考えるものだというのは理解できます。靴に関しては西洋ではそもそも「脱ぐ」という発想さえないわけです。でも、郷に入っては郷に従え、靴を脱いで上がった場所であれば、帽子だってとったらいいんじゃないの、そんな風に思った気がします。当時の何かにつけ無頓着であった私は。ところが今頃になって、私は帽子をとりたくなかったダイアナ妃のお気持ち、痛いほど分かる気がするのです。

 妃のトレードマークともいうべき、レーヤードカットを思いっきり膨らませたゴージャスなブロンドヘア。もしも、あの髪が帽子の下でペチャンコになっていたとしたら。しかも、それをバチバチっと写真に撮られて、世界中に配信されるとしたら。必死に抵抗されるお気持ち、よーく分かります。今なら妃を応援しますね、大声でツバを飛ばしながら。帽子だけに。

 

 話は変わりますが、このブログを書くためにネットで調べ物をしたと上に書きましたが、そのお陰でもう一つ、面白いニュースを知ることが出来たのです。

 

 日本の国会では、帽子の着用は「品位や礼節を欠く」として、認められていないのだそうです。そのたった一人の例外が、国賓として招かれ式典としての国会に出席したダイアナ妃だったそうです。2019年までは。

 2020年2月12日、参議院で「水産資源の管理と保護について」参考人として意見を述べたのが、さかなクンさんでした。彼の参議院出席に際しては、あの帽子の着用が認められるか審議され、全会一致で「可」とされたのだそうです。

 まさに、ギョギョ!ウオーっと声が出そうになったニュースなのでした。では。

奥様っぽいオシャレ

 アクセサリーの中では、ネックレス(ペンダントを含む)とブローチが好きだ。指輪は持ってはいるが邪魔に感じるので滅多につけない。イヤリングはほんの2,3個あるにはあるが、つける習慣がない。

 働いていた頃は、ネックレスは必ずと言ってもいいぐらいぶら下げていた。安物ばかりだが、その安物を気軽につけると言うのも気に入っていた。ただ、冬になってセーターを着るようになると、ウールとネックレスの摩擦で胸のあたりに小さな毛玉が出来てしまうことがあり、そういう懸念があるときにはブローチの出番だった。

 ブローチとセーターの組み合わせには決まったパターンがあったので、だいたいつけっぱなしで畳んでおき、セーターを着た途端ブローチをつける作業も終了という「頭の良い」段取りが出来ていた。

 (昭和世代の皆さん、セーターって、頻繁に洗濯するものじゃないですよね。脱いで少しの間吊して置いたら、畳んでしまって又着る、ですよね。最近の若者は毎回洗う人もいるとか。傷むでしょうに。)

 

 仕事を辞めて家にずっといるので、通勤に着ていた洋服のうち、ドライクリーニングに出さなければならないもの、アイロン必須のもの、ワイドパンツ、スカート、これらの出番がほとんど無くなってしまった。そして、連動するかのように、ネックレス類の出番も無くなってしまった。

 実は同じアクセサリー仲間でも、ブローチは活躍を続けていた。なぜかというと、通勤用だったセーター類を普段着に格下げしたのだが、ブローチは一度つけたらつけっぱなしを続けていたから。春になって、厚い物から順にセーターを洗って片付けていくのだが、ブローチをはずし忘れないよう気を付けなければと思っている。

 

 私がネックレスやブローチが好きなワケは、つけると顔まわりが明るくなる感じがするからだ。自分でそう思い込んでいるだけかも知れないと思っていたが、最近、ネットで「骨格診断」というものをしてみたところ、どうやら思い込みではなかったようだ。私は「骨格的」に、胸元・首元が寂しい感じがするタイプらしい。なので、ネックレスやブローチで彩りを添えた方がいいようなのだ。それに、こまどり姉妹も言っていた。

 「お着物にキラキラをつけるのは、少しでも顔から視線をそらすタメなのよ~笑」って。大事な事だ。

 

 さて、昨日のことだ。ハイネックのカットソーの上に、似たような色合いの羽織り物を着たところ、どうにもパッとしない。でも、他の組み合わせに変えるのも面倒くさく、試しにネックレスをつけてみたところ、なんと言うことでしょう。見違えるようにぱあっと明るくなったのだ(当社比)。

 そうだ、家に居るからと言ってネックレスをつけてはいけないという法は無い。誰に見せるわけでも無いが、それこそ自分のためだ。鏡を見たときは勿論だが、少し長めのネックレスであれば、うつむいた瞬間目に入る。自分が嬉しくなるじゃないか。そうだ、そうだ、これからは「何か足りない」と思ったら、積極的にネックレスをつけるよう心がけよう。

 それに、そういうちょっとした心の余裕というか、生活を楽しむ感じ、「奥様」っぽいじゃないか。いいね、いいね、「奥様」!めざせ、「奥様」!

 

 さて、オチに入ります。

 先日お友達とお喋りしていて、生き生きと仕事に打ち込む彼女に対して、私が自嘲気味に「有閑マダムの生活なの」と言ったところ、お友達は「有閑マダムって、懐かしい!久しぶりに聞いた」と大笑い。彼女の朗らかな笑い声につられて、得意のダジャレも披露したのでした。

 「そうでしょう。早起きはできないから朝刊は無理。それで夕刊マダムと思ったんだけど、東奥日報は夕刊廃止で。残念」

 彼女は大受けしてくれました。

 ところでその彼女。しとやかな外見に似合わず、職場では、堂々と自分の意見を言う、なかなかの「勇敢マダム」なのですよ。では。

 

太宰治『トカトントン』を読んで②

 何かを無我夢中になって、寝食を忘れるほどの情熱を持ってやってみたいと思っても、その「何か」が無いのです。あるところまでは打ち込んでみたりもするのです。ところが、さあここからだという段になると、たちまち熱情はどこかへ去り「こんな事をしたって」と、白々とした気分に襲われるのです。何もする気がしなくなってしまうのです・・・。

 

 こんな若者に対して、さあ、なんと言葉を返したらいいものか。このような手紙を送られた「ある作家」は次の様な言葉で応えたのだった。

 ・気取った苦悩ですね

 ・君は醜態(をさらすこと)を避けているようですね

 ・叡智よりも勇気を

 そして最後に添えたのはマタイによる福音書より、「身を殺して霊魂を殺し得ぬ者どもを懼(おそ)るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」(これは、私がネットでサッと調べたところでは、人間を怖れるのでは無く、神のみを怖れよという意味であるらしい)という一文だった。

 

 作家が若者に言いたいことは、「いいからやってみろ」という事に尽きるのではないだろうか。

 頭の中で「こんな事が何になる」と考えようが、「結局は無駄じゃないか」という気が起きようが、そんな事どもは一旦脇において、「何か」に一心不乱に限界まで挑戦してみろという事だろう。そして、その結果が情けなく無様なものに終わろうとも、それはそれでいいではないか。「行動」することでしか、「トカトントン」の音を振り払うことは出来ない。それしか道が無いならば、勇気を持ってあるいは諦めて腹をくくり、その道を行くしか無いのだから。

 「こんな事をしたって何になる」、一見悟ったような境地に聞こえるが、所詮しがない「人間」である我ら、それが「真」である保証はどこにもあるまい。ならば、神ならぬ身の、与えられた一生を精一杯突き進むしかあるまい、作家の意図は、かようなものであったろうと考える。

 

 この短編を読んで、実に久しぶりに自分達が「白け世代」と呼ばれた事を思い出すと同時に、あの白々とした「それが何になる」という気分も思い出していた。自分の経験に照らしてみると、「白け」というどこか厭世的な気分も、若者、つまりは青春特有のある種の繊細さであったのだろう。中年・老年と年を経るにつれ、そういった感性もいつの間にか失ってしまったように思う。かといって、「人生にワクワク」というのでもない。それでも何かしら希望を持って生きたいと思っている。「どうせ」と言っては身も蓋もないが、死ぬまでは生きるしか無いのだから。

 

 「おもしろきことも無い世だが、おもしろく生きたいものだ」と、高杉晋作が上の句をよみ、そうですね、それぞれの心持ち次第ですねと、野村望東尼が下の句をつけた、

 おもしろきことも無き世をおもしろく すみなすものは心なりけり

という歌が好きだ。

 「心なりけり」これに尽きるだろう。

 そしてもう一つ、忘れてはならないのは、先のことは人間には分からないということだ。

 自分の人生にコロナ禍のような不幸が降りかかるなんて、予想すら出来なかったように、幸福だって思いがけずやって来るかも知れない。

 例えば、昨日の記事の冒頭は「10歳ほど年下の友人とウォーキングをした」という内容だった。その友人とは元々は同僚であったのだが、職場を離れた後も縁が切れること無く、「歩きませんか」と嬉しいお誘いを頂けている。予想外の嬉しさだ。さらに、拙ブログをきっかけに『トカトントン』という面白い小説にも出会わせて貰った。彼女がいなければ読むことは無かったかも知れない。

 青春期のような繊細な感受性は失ってしまったが、ささやかな喜びを受け止められる心のヒダのようなものは、顔のシワに比例して増えていくものなのかも知れない。

 いずれにしろ、生きてこそ、一生懸命に生きてこそ、感じるもの・見えるものもあるのだろうと、読み終わった小説のこと、勧めてくれた友人の事を春の陽の中で考えているのである。

 

 とか、トントン拍子に感想が書け、二日にわたってブログネタともなった。望外の喜びである。では。