おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

『シーハイルの歌』

 先日書きました、弘前市の北にある梵珠山(468m)に登った時のことです。

 登っている最中、頭の中をグルグル回るメロディーがありまして、とうとう我慢出来なくなり、同行の三人に言いました。

 「昔、シーハイルの歌って、ありましたよね。あれ、津軽の歌ですよね」

 私は同じ青森県でも津軽から遠く離れた下北半島の出身です。それに対して、三人は生まれも育ちも津軽で、しかも私より年上の方々ですので、当然ご存じだろうと思いました。ところが意外なことに、ベテラン山女さんは、

 「知ってる。ダークダックスね」

というお返事でしたが、あとのお二人は知らないということだったのです。

 


www.youtube.com

 

 シーハイルとはドイツ語で「スキー万歳」という意味ですが、へえ、旧制五所川原農学校の「スキー部部歌」だったのね。初めて知ってちょっとびっくり。メロディーの良さに加えて、なかなか面白い歌詞ですので、お時間あるときにじっくり聞いて頂けたらと思います。

 それにしても、私はいつ、誰からこの歌を教えられたのだろう?

 私の家は歌にはあまり縁の無い家だったので、恐らく学校で習ったのだろうとは想像するのですが・・・。いつの間にか覚えていたという感じの歌なのです。妙に気になりました。ひょっとして、ベテラン山女さんの言う「ダークダックス」が何かヒントになるのではないか。そう考え、ネットで「ダークダックス」について調べてみたのです。

 結果は、残念ながら「シーハイルの歌」についてはコレと言った収穫はありませんでした。でも、一つ。私の心の琴線に触れる面白いネタがゲット出来ましたので、それを皆さんにもお知らせしたいと思います。

 

 カウンターのあるバーやスナックなどで、「ダークダックスでお願いします」とか、「ダークになる」という言い回しが使われることがあるのだそうです。あまりメジャーな表現ではないようなので、初耳という方は私ばかりではないかと思います。

 意味は、「カウンターに対して体を斜めにすることによって、横並びよりも人数多く並べるようにする」ということだそう。ダークダックスの四人の、あの並び方をさした言い回しということでした。

 面白いなあ、それに、昭和臭があるなあ。

 「スミマセ~ン、ダークでお願いしますぅ」

 タバコを灰皿に押しつけながら、ママが常連らしき男達に言った。

 こんな感じ?

 

 ダークでお願いするなんて、商売繁盛と言うことですよね。私が昭和臭を感じたのは、そこに「右肩上がり感」を感じたからかもしれません。今の日本の状況からは羨ましい限りです。

 特に、今のこのコロナ禍にあっては、ダークになる=密ですから、これは避けなければならない状況なわけです。悲しいですね。気持ちがダークになってしまいます。

 思い出の「シーハイルの歌」から、最後はちょっと暗いオチになってしまいました。一日も早くコロナが収束し、「バンザ~イ」と心の叫びを上げられる日が来て欲しいものと、切に願います。では。

梵珠山(486m)に登った

 弘前市の北、五所川原市と旧浪岡町の境に「梵珠山」という山があります。「初心者には丁度いい山だ」と聞いていたので、いつか登ってみたいと思っていました。

 青森県でも新型コロナウイルスクラスターが発生し、私が所属する山の会でも、活動は全て休止となっています。初心者の私は同行者無しに山に行くなんて考えられないうえに、熊が恐いので、当分山へは行けないだろうと諦めていました。

 そこへ降って湧いた、山行きのお誘い。ベテラン山女さんをリーダーに、私を含めた初心者三人、計四人で賑やかに登ってきました。普段は大変物静かな四人なのですが、この日は熊除けの鈴がわりに、慣れないお喋りも頑張ったのでした。(話盛ってます、盛りに)

 梵珠山は決してきつい山ではないのですが、日頃の運動不足がてきめんで、かなり苦しい登山でした。写真を撮るために立ち止まるのが休憩代わりとなって、助かりました。

 それでは、私の拙い写真ですが、旅気分・山気分を味わって頂ければと思います。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153045j:plain
f:id:takakotakakosun:20210910153108j:plain

 左の写真はツリフネソウ(釣舟草)とキツリフネソウ(黄釣舟草)。右は名前の分からない真っ赤なキノコ。

 どちらの写真も、色の対比が綺麗だなと思い、写真に撮りました。黄色と紫、緑と赤と茶、どんなに難しい組み合わせでも自然の中ではしっくりとまとまるのです。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153140j:plain
f:id:takakotakakosun:20210910153209j:plain

 左はマイヅルソウ舞鶴草)、右はツクバネソウ(衝羽根草)。どちらも、春の山で花を見ることは多いのですが、実は珍しいので撮りました。

 特に、右のツクバネソウは、名前の由来となった、羽根つきの羽根そっくりの実が綺麗な形で見られ、嬉しかったです。以前にも書いたことがあるのですが、昔の人のネーミングセンス、いいですよね。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153323j:plain

 広々と気持ちのいい場所で休憩するおばさま二人連れ(私達とは別グループです)。初めはこの風景に、「なんて平和で気持ちがさっぱりとする光景だろう。コロナ禍など嘘のようだ」などとウットリしていたのですが、次第に「なんで、おばさんってこんなに遠くからでもおばさんだって分かるんだろう」なんて、見ず知らずの方を相手に失礼な思いにとらわれていきました。下界だろうが山だろうが、人の本性なんて変わらないものですね。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153610j:plain

 それでもやっぱり、この、のどかで平和な風景に出会うと、心洗われる気持ちになるのです。

 山はいいなあ、少し膝は痛いけれど、本当に山はいい。また来よう。そう心に誓って、下山となりました。

 この日は下山後におそばを食べるという予定でしたので、軽い休憩の後すぐに下山となったのですが、写真の、おじいちゃんとお孫さんらしきお二人が召し上がっているお握りが本当に美味しそうで、次はお握り持参だと、堅く心に決めたのです。

 山の風景で心洗われようとも、最後に残るは食欲。食欲というは洗い流せないと、よくよく心に沁みたのでした。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153714j:plain
f:id:takakotakakosun:20210910153647j:plain

 下山中に見つけた、始めて見る美しい高木です。左は白い花が咲いている部分。右の鮮やかな「赤」は実のようです。

 最初に目に留まったのはこちらの「赤」で、蕾かと思ったのですが、帰宅後に調べてみると「実」のようです。そして、名前も判明したのですが、葉が悪臭を持つことから、クサギ(臭木)というのだそうです。えー、そんな、見た目と違いすぎる。

 そして下の写真は、偶然、「見た目と違いすぎる」繋がりとなった一枚です。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153757j:plain

 クサギの左側に写る美しい紫の花、トリカブトです。人は見かけによらないと言いますが、人に限った事ではないですね。

 

 さて。最後です。奇跡の二枚を紹介したいと思います。素直な心で見て下さいね。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153913j:plain

 タイトル「魔法で木に閉じ込められた、森のコビト」。どうです?

 えっ、だめ?奇跡の一枚じゃない?

 では、これはどうでしょう。

 

f:id:takakotakakosun:20210910153831j:plain

 なんという植物かは分かりませんが、突き破っているのはトチの実ですね。

 この植物が芽を出したとき、ちょうど真上にトチの実があったのでしょう。しかも、たまたま穴あきで中が空洞の。そして、二カ所の穴から上手に芽を伸ばして、トチの実を持ち上げて、伸び続けているのです。凄い生命力だと思いませんか。

 

 私も頑張ろう。「何を」と聞かれるとちょっと困るけれど、それでも「頑張ろう」と励まされる出会いでした。

 

 下界はまだまだコロナ禍の続く状況です。が、感染対策に留意しながら気分転換をはかることも大事です。気分転換がてらブログネタを探しつつ、元気に過ごしていきたいと、改めて思ったのでした。では。

道との遭遇

 昨日はとてもいいお天気で、かつ、私は暇を持て余してしまったので、「そうだ、津軽岩木スカイラインをドライブして、岩木山八合目からの眺めを楽しんで来よう」と、珍しくアクティブな事を思い立ちました。青森県でもコロナが大変な状況で、遊ぶと言っても「人と接すること無く」遊ばなければならないのです。

 

 有料道路である津軽岩木スカイラインを自分で運転するのは初めてでして、「高いよね」と聞いてはいたのですが、1,830円(往復分)と言われたときは、ちょっとドキッとしました。コロナ禍でもなければ、一生運転することは無かったかも知れません。それは料金の問題ばかりではなく、ほら、私って山女だからさ。岩木山に登るなら自分の脚で登るから(誇張)

 道はとても空いていて、ごくたまに対向車が来るだけで、後続車はありませんでした。後ろからのプレッシャーが無いというのは、私のようなノロノロ運転手にとって本当にラッキー。のんびり落ち着いた気持ちで69個のカーブを登っていきました。

 途中、早くも赤く色づいたナナカマドの実や白く揺れるススキが目に入り、秋の到来を実感させられました。そう思うと、頭上に広がる青空も、所々に浮かぶ白雲も、やはり秋色なのでした。

 

f:id:takakotakakosun:20210903105333j:plain

 

 八合目到着です。眼下には日本海が広がります。

 八合目から九合目へはリフトで登ることが出来るのですが、土日のみの営業ということでした。売店もお休みなので、駐車場の周りを少し散策して景色を楽しんだ後は、再び車で下りるだけです。

 

f:id:takakotakakosun:20210903105952j:plain
f:id:takakotakakosun:20210903110021j:plain

 

 左のアゲハチョウは、ほとんど飛ぶ力もないようでした。普通の蝶だったら、私がカメラを構えている間に飛んでいってしまいますからね。それに、蝶は留まるときは羽を閉じるものでしょう。その力さえ残っていないような秋の蝶の姿です。

 右はトゲブキ(棘蕗)。その名の通り、茎には鋭い棘がびっしりと生えています。私が「トゲブキ」という植物の存在とその名を知ったのは、今年になってからです。六月に山の会で白地山に登った際、教えて貰ったのです。ところが、残念な事にすっかり忘れてしまっていたのです。でも大丈夫、私には文明の利器がありました。写真を撮って「グーグルレンズ」先生にきいたところ、たちどころに「トゲブキ」と判明したのです。さらに、私の頭も満更じゃ無い、思い出したのです。トゲブキ!六月の登山で聞いた名だと。そして新たな問題が発生。あれっ、六月に登った山の名前はなんだったっけ?どうしても思い出せませんでした。「なんだったっけ?なんだったっけ?」その思いは、まさに棘のように私の心に刺さったのでした。

 こういう事増えますよね、年をとると。そして、他人に「なんだったっけ?」としつこく訊いて嫌がられる、というところまでが「年寄りあるある」ですね。

 年をとって物忘れがひどくなる代わり、暇な時間はタップリあるのですから、自問するのは「どうぞご自由に」ですよね。一生懸命、自分の頭や文明の利器を働かせたいものです。

 

f:id:takakotakakosun:20210903110142j:plain

 

 これは八合目の「鐘」にあった銘板の写真です。なんとなく心に響くものがあり、カメラに収めました。

 そうか、山男は山を巡回(パトロ-ル)する時には、知恵と汗を出すのか。私は山女(自称)だからもう一つ、何かにつけて口も出したくなるけれど、「現場」では無駄口は無用なのね。

 無駄な口を出して嫌がられることがないよう、何か言いたいときは自分自身を話し相手にする、つまり一回自問してみるということを身につけたいものだと思いました。忘れたことを思い出す時だけではなくね。

 でも、難しいのよね~。迷い道、ク~ネクネ~♪ では。

サボる、上には上が

今週のお題「サボる」

 

 お時間がありましたら、まずこちらの過去記事を読んで頂きたいのです。

 

chokoreitodaisuki.hatenablog.com

 

 上の記事では、お盆に仏壇や墓前に供える「ご馳走」を、かなり手抜きして準備したことを書きました。完全に、ではありませんが、まあ、サボったと言うことになるのでしょう。

 お盆に仏壇や墓前に供えるご馳走、ほんの一ヶ月前まで、それは日本中で行われている慣習であろうと、私は固く信じて疑いませんでした。弘前市では「法界折り」と言って、1000円程度の折り詰めも販売されます。昔は各家庭で手作りの惣菜(一応、精進料理)を作っていたと思うのですが、女性も多忙であったり、家庭の有り様も多様化したため、「買って済ませる」という形になったのだろうと思います。

 ところが、今月の初め、偶然視た『秘密のケンミンSHOW極』で、それは青森県特有の風習であると知ったのです。ひな壇に座った芸能人達は、墓石の前にズラっと食べ物を並べる青森県民を驚きの目で見ていました。

 そうだったのかあ。いいなあ、他県の人は。お盆の用意が簡単で。

 私のお盆のお供えは、今年もやはり、手抜きの簡単なお料理や、買ったお惣菜を適当に盛り合わせた、サボった感満載のものでした。それでも、他県の仏様達から見れば大変なご馳走ということになるかも知れません。亡き義父母には、あの世でそう思って頂きたいと思います。隣のお墓と比べちゃいけない、日本全国が相手だ!と。

 

 さて、何十年も前の事ですが、その頃は義父母とも健在でしたので、我が家に仏壇はありませんでした。あるとき、夫に冗談半分に聞いたことがあります。

 私 「将来、あなたが仏様になったとき、私は朝はパンでご飯を炊かないと思うんだけど、お供えするのは冷凍ご飯の解凍でいいかな?」

 夫 「全然かまわない。仏壇の横に電子レンジを置いておけば、チンって鳴るから、鉦をたたく手間も省けるよ」

 

 私のサボり癖もなかなかだと自負しているのですが、上には上がいるものだと感心したものです。鐘三つ、ならしたいぐらいです。

 ちなみに、今現在、義母から引き継いだ仏壇の朝のお供えはどうしているかというと、特別な日をのぞいてお水だけです。これはサボっているということでは無く、初めから「普段はお水だけにする」と宣言し、それを貫いているのですよ。

 夫も「全然かまわない」と、こちらもやはり一貫して手抜きを推奨しています。

 夫婦揃って、「サボることは、サボらない」という、石のように堅い意志を見せているのでした。では。

小骨がひっかかるように

 昨日、友人と回転寿司にランチに行きました。

 メニューの中に分からない部分があり、空いている時間帯だったので、レーンの内側の職人さんに尋ねようと、軽く合図を送りました。その職人さんは、私に「ちょっと待って」というように手を挙げ、近くにいた若い女の子に、「注文、聞きに行って」と言いつけました。

 その若い子は「はい」とすぐに動いたものの、どのお客さんなのか分からず、戸惑ってしまいました。すると、職人さんが言ったのです。

 「お婆さんのところ」

 私は一瞬「えっ」とたじろいだものの、そうよね白髪頭だもの。自分では「見習い」のつもりでも、傍目には立派なお婆さんよねと、自分の心をなだめました。でも、やっぱり胸中は複雑なものがあり、小骨が喉にひっかかった様な感じなのです。同行の友人に言わずにはいられませんでした。

 友人はひたすらタッチパネルのメニューを見ているところでした。

 私 「ねえ、さっきお姉さんが聞きに来るとき、私の事、お婆さんのところって指示したんだよ。ちょっとショック」

 友 「はあ?違うよ。五番さんのところ、だよ。ここ五番だもの」

 

 拙ブログでも、「目が悪い」ことには度々触れているのですが、耳も悪くなったのでしょうか。聴力には自信があったのに。それとも、人の言うことが悪く悪く聞こえるよう、性格が益々ゆがんできたのでしょうか。

 その後、何事もなかったかのように美味しくランチセットを頂きましたが、添えられた汁物を飲み干しながら思ったのです。人の粗(アラ)ばかりみるような、そういうお婆さんにならないようくれぐれも気をつけなければと。「アラ汁」だけにね。では。

「あきらめて頑張る」

 心に響く言葉とか、心に残る言葉とか。

 結構聞いたり読んだりして、その時はいたく感動して「覚えておこう」と思うのですが、あっさり忘れてしまう日々です。

 今日は、とある場所でタイトルの「あきらめて頑張る」という言葉に出会いました。二つの意味で大いに感心させられました。

 まず第一にレトリックの巧みさです。

 「あきらめる」と「頑張る」という正反対の意味を持つ言葉を併置するとは!

 聞いた瞬間、「?」という大きなマークが頭の中に浮かび、「どういうこと?」と身を乗り出さずにはいられませんでした。巧みです。そして、新しい。どこかで聞いたなあ、というような言い古され感を、少なくとも私は感じませんでした。斬新でした。

 そして、二つ目が肝なのですが、「説得力」が違う!と思いました。

 この言葉の意味するところは、「過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分だけ」という有名な人生訓フレーズとほとんど同じだろうと思います。

 過去を悔やんでも始まらない。自分の思うとおりに他人を動かすことは出来ない。自分の価値観どおりに物事が進む事はない。人生とはそういったものだという事をしっかり腹に据えて、そしてその上で自分に出来ることをやっていくしか無い。まあ、こんなところでしょうか。

 「あきらめて頑張る」の凄いところは、上に長ったらしく書いたことを非常に端的に表していて、それでいながら押しつけがましくないところです。

 「過去と他人は・・・」は、素晴らしいフレーズだなとは思うものの、どこか説教臭さがありますね。対して、「あきらめて頑張る」の力の抜けた感じ。「そうだよねえ。あきらめて、でも頑張って行くしかないよねえ」と説得されてしまうのです。

 

 東京オリパラ開会式でご活躍の真矢ミキさんの有名なCMに、「諦めないで」というのがありました。これはこれでいいのですが、こちらは若い人向きのような気がします。なぜなら、若い人には「怒り」をエネルギーに変える力があるから。

 エネルギーもだいぶ枯れてきた高齢者としては、怒りの炎を燃やすよりは、「世の中、どうにもならないことで満ちている」、そうあきらめて、でも「生きている限りは頑張って行こう」、そのぐらいが丁度いいのではないかと思わされました。

 私のこのブログも、「いいものを書こう」とか「内容の濃いものを」とか、そんな高望みはせず、「こんなもんでしょ」と諦めもしつつ、「でも頑張って続けるぞ」。そんな風にやっていきたいと思います。

 読者の皆さんも、頑張ってついてきて下さいね。そこは諦めないで~!では。

浅虫水族館

 十日ほど前になりますが、浅虫水族館に行ってきました。

 先月訪れた秋田県男鹿水族館GAOがあまりに楽しかったので、「青森県にだって立派な水族館があるじゃないか」と思い立ち、友人と行くことにしたのです。平日だし、お盆(こちらでは8月13日から)前だし、きっと空いているだろう。そう思ったのですが、予想は外れました。中々のひとででした。水族館だけに。

 

f:id:takakotakakosun:20210822201217j:plain

 

 浅虫水族館ではイルカショーが人気なのですが、私達が到着して30分後に始まると分かりました。広い会場が、家族連れで結構な込みようです。階段状の観客席は間隔をあけているせいもあって満席。つまり、「段密」状態だったわけです。

 ショーの前にはイルカのココルちゃん(上のイラスト参照)のアニメが流されるのですが、曲が流れるやいなや手拍子が巻き起こり、リピーターがこんなにもいるか!と圧倒されました。

 

 さて、今回の浅虫水族館訪問ですが、ハッキリ言って少々物足りないものとなってしまいました。どうしても、「記憶の中の」浅虫水族館と比較してしまうのです。過去と現在では、いわゆる「思い出補正」というやつで過去が有利となってしまい、「昔はもっと凄かったのに・・・」と思ってしまうのです。

 例えば、

・昔のイルカショーはもっと迫力があった気がする

・昔、ラッコがいたなあ。ラッコ、可愛かったあ

・アマゾンのコーナーって、もっと大きくて魚の種類ももっと多かったはず

・大水槽には巨大エイが泳いでいたよなあ 

 こんな感じで、今一つ気持ちの盛り上がりに欠けるのでした。でも、何枚か(私視点で)面白い写真が撮れましたので、ご紹介したいと思います。

 

f:id:takakotakakosun:20210822202834j:plain

 

 「陸奥湾」を再現した大水槽です。ホタテの養殖の様子が展示されています。

「水族館あるある」で、泳ぐ魚をみて「美味そうだ」とか、貝類やウニをみて「食べたい」という人、皆さんの周りにもいるでしょう?日本人らしい感性だなあと思うのですが、それは半分、悪趣味な冗談でもあると思うのです。動物園で「美味そうだ」と言ったらドン引きれると言うのは、誰でも分かる事ですよね。

 それが、なんと言うこと、こちらではホタテの水槽の前に何皿もの「ホタテ料理」見本が並べられていたのです。なかなか攻めた展示だ、そう思いました。

 

f:id:takakotakakosun:20210822202911j:plain

 

 ヘコアユとチンアナゴの水槽です。形状が似ている同士と言うことで、同じ水槽に入れられた様です。

 私 「この二種類は同じ水槽に暮らしながらも、互いに交流することはないでしょうね」

 友 「ヘコアユはチンアナゴを向上心が無いと見下し、チンアナゴはヘコアユのことを地に足のつかない奴らって、軽蔑してそう」

 

 いずれにしろ、あまり親密にはなれないだろう二種なのです。同じ水槽にいながら水くさい関係ということです。水槽だけに。

 

f:id:takakotakakosun:20210822202958j:plain

 

 最後の一枚です。水族館職員の力作です。

 水族館では、最初は魚をみて、「わあー」とか「すご~い」とか言っているのですが、「海獣」のコーナーに行った瞬間、完全に「持っていかれる感」ありますよね。類は友を呼ぶ、私達人間は哺乳類なので、やっぱり哺乳類に惹かれるのでしょうか。浅虫水族館にはゼニガタアザラシゴマフアザラシがいて、見事な泳ぎっぷりを見せてくれます。

 この「海獣」の中の「ヒレアシ類」ですが、困った点として、種類ごとの名前(分類)が覚えにくいというのがあると思います。オットセイって、芸をする奴でしょ?牙があるのがセイウチで、あれ、トドも牙ある?無い?アザラシとアシカってどう違うんだっけ?こんな感じで、実に覚えにくい。

 ですので、上のチャートは面白い発想だなとは思うのですが、今一つピンとこないのです。例えば、私にぴったりなのは「カリフォルニアアシカ」ということなのですが、「はあ」としか言えない。リアクションのとりようがないのです。

 でも、これを作られた職員さんのセンス、そこは私は大好きです。特に、「臨時収入があったら貯金する」が「イエス」→「ゼニガタアザラシ」というところ、笑いました。

 

 以上、ちょっと物足りなくもあった浅虫水族館ですが、それでもやっぱり見応えのあることは間違いない場所なのです。一日も早くコロナが収束し、大勢の人で賑わう浅虫水族館になって欲しいと願っています。では。