おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

弘前ねぷた

 夏はお祭りの季節ですね。

 ここ弘前には『弘前ねぷた』という有名なお祭りがあります。青森市のは、『ねた』というのですが、弘前では『ねた』。地元民の皆さんは苦もなく 「ぷ」と発音するのですが、私は気を付けないと「ねぷた」と言えないのです。無意識だと「ねぶた」と言ってしまうのです。津軽の皆さん、器用です。

 

 ねぷたは扇型で、正面は「鏡絵」と呼ばれ、勇壮な場面を描いたものが多いです。背面は「見送り」と呼ばれ、愁いを帯びた美人など、動の鏡絵に対して静の見送りという感じです。

 

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 美髯公(関羽)の奮闘の図です。鏡絵の題材は日本のものだけではなく、中国の史実や物語に題をとったものも多いです。

  ねぷたの上に人が乗っていますね。彼らには重要な役割があります。大型ねぷたはかなりの高さがあるため、電線や道路標識などの障害物が行く手を邪魔することがあります。最近のねぷたは昇降式のものも多く、障害物の手前でスーッと低くなることも出来たりします。それでも念のためでしょうか、ほとんどの場合、ねぷたの上5分の1ぐらいのあたりで、パタンと外側に倒すことが出来るようになっています。ねぷたの上の人は常に障害物に気を配り、必要に応じて「パタンと倒す」という大事な仕事をするのです。

 

 この日のねぷた見物ですが、『見送り』に印象的なものが多かったです。いくつか紹介します。

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 見送りの周囲の真っ赤な竜が夜に映えて、私の回りの見物人から「おーっ」という嘆声があがりました。

 

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 キリシタンの女性。細川ガラシャかな?こちらも見送りの周囲、キリスト教の聖人とステンドグラス風のデザインが面白いですね。斬新です。

 

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 こちらは大型ねぷたの前を行く「前ねぷた」と呼ばれる小型のねぷたです。忍者がテーマというのも珍しいと思いました。色使いがとても綺麗で、構図が洒落ています。

 

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 団体によっては ↑ のように 鏡絵・見送りのテーマを、灯籠に大きく示している所もあります。茂森という町内会のねぷたなのですが、凄いんですよ。

 ↓ 二代藩主・信枚公の獅子奮迅の戦いぶりを描いています。中年の信枚公ですね。

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 あっ、前方に電線が。やばい!ここでねぷたの上の青年達の出番です。ねぷたの上部をパタンと倒します。普通は、ただの「裏」が見えるだけです。それがなんと、

 

↓ (もったいを付けてます)

 

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 若武者・信枚公が現れるんですよ。ヒューヒュー!

 

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 見送りの「満天(まて)姫」は、上部を折っても折らなくても、変わらずに美しい見返り姿です。美人はどんな時でも美しいというのを体現していますね。

 

 弘前ねぷた、いかがでしょうか?長い伝統があり、決まった型があるものでも、創意工夫の余地はあるものだと、非常に感銘を受けた今年のねぷたでした。

 

 ねぷた期間中は連日晴れの猛暑が続き、ねぷたを運行する夜になっても暑さが引かないという感じでした。それでもやっぱり、最後のねぷたが目の前を過ぎて運行が終了すると、風がたちまち涼しさを帯びるのです。これは私だけの感想ではなく、津軽人が口々に言う台詞なのです。特に最終日。津軽人はこう言います。

 「最後のねぷたが過ぎた後、吹いてくる風が、秋なんだよね」

 短い夏の終わりと秋の到来を予告し、最後の「見送り」が静かに遠ざかっていくのでした。

 甲子園大会と同じですね。最後の「見送り」は試合終了、夏が終わるのです。では。