おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

旅のお供は知的好奇心

 私は知的好奇心は旺盛なのですが、好奇心は旺盛ではないのです。

 広辞苑によりますと、好奇心=珍しい物事、未知の事柄に対する興味。知的=知識・知性に関するさま。となっています。私なりに解釈しますと、「好奇心」は物事に対する興味なので、その興味を満たすためには何らかの行動が必要になるのです。カヌーに乗るとか。着物で京都を歩くとか。

 私は本当に面倒くさがり屋なので、「歩く」「見る」以外の「体を動かすこと」は出来るだけ避けたい。お食事だって、バイキング形式は面倒に感じるほどです。「歩く」以外に「お皿に取る」とかあるじゃないですか。

 その点、知的好奇心は知識を得られれば満足なので、「見る(読む)」という、目を動かすだけでかなえられる、ものぐさな私にとって素晴らしい興味の有りようなのです。

 日常生活においても、「何だろう?」とか「そこ、もう少し詳しく」と言った知的好奇心をくすぐられる機会は度々ありますが、旅先にはその何十、何百倍もの知的好奇心の種が転がっています。そして、昨今はインターネット(スマホ)の目覚ましい発達により、種から芽生えた知的好奇心のつぼみに、「回答」「解説」といった見事な花を咲かせることが出来るのでした。本当に便利で素晴らしいことです。

 

 少し前ですが、名古屋・犬山に旅行してきました。私の住む青森県は本州最北なので、関東まではちょこちょこ出かけるものの、その先となりますと、敷居が高い。そして「いざ関西」となった時は、時短のために飛行機という選択になります。でも、今回は名古屋までなので、東北・東海道と、新幹線を乗り継いでの旅としました。熱海以西は何十年ぶりかの東海道新幹線。富士山、見えるかな?楽しみです。

 新幹線は、たまたまのE席。やった~富士山側!と思ったものの、あいにくの曇天。でも諦めきれずに、窓の外をずっと眺めていました。知的好奇心旺盛なもんで。結局見えませんでしたが。

 その代わり。↓

 上の写真は帰りの「のぞみ号」から撮ったものですが、自分で自分を褒めてやりたい!そして、好奇心バンザイ!インターネット万歳!

 行きの「ひかり号」の車窓から一瞬見えた街並みなのですが、一瞬で心を鷲づかみされた感じ。

 何?

 街ごとテーマパーク?

 外国でこんな感じのカラフルな町、あったよね?

 すぐにスマホで検索。過去にも何度か書いているのですが、インターネットって本当に魔法使いのようです。私のどんな知的好奇心にも、たちどころに答えてくれるのですから。

 車窓からみえたのは、神奈川県平塚市の日向岡(ひなたおか)住宅だそうです。新幹線から見えるカラフルな町として有名で、メディアでも何度も取り上げられているそうです。知らなかったです。

 旅の大きな楽しみの一つは思いがけないものに出会うこと。そして知的好奇心が動き出すワクワク感。さらに、現代ではその知的好奇心を容易に満たす事の出来る幸福。

 

 「帰りの新幹線から写真に撮れるかな。スマホの位置情報を駆使して頑張るぞ」

 往きは「ひかり号」、帰りは「のぞみ号」。いや〜、のぞみ号の速いこと速いこと。それでも何とかスマホカメラで撮影。スマホは検索機能も凄いけれど、カメラ機能も凄いです。こんなおばさんでも、のぞみ号の車窓から狙ったものを撮れちゃうんですもの。

 「旅は道連れ」、現代では最も頼もしい道連れはスマホかもしれませんね。

 

 旅と言えば水戸黄門

 私は仕事をリタイアした、言わば「ご隠居」なわけですが、「助さん格さん」の代わりに「知的好奇心」と「スマホ」があれば、安心して楽しい旅が出来る、そんな現代を生きられ幸せなことです。

 残念なのは、本人のキャラが黄門様でもお銀でもなく、うっかり八兵衛だという点でしょうかね。でも、あの御一行の中で、一番旅を楽しんでいるのは誰かと問えば、八兵衛、ということになるのでは。食べ物にたいする好奇心で失敗も仕出かしますが。

 まあ、旅の恥はかき捨てとか、私も持ち前の旺盛な知的好奇心を思う存分満足させられるよう、旅を満喫したいと改めて思います。

 明日からは「名古屋・犬山旅行記」を書く予定ですので、お付き合いいただけましたら嬉しいです。

 水戸黄門に触れて、そして名古屋のことを書くのに、「印籠」も「ういろう」も出てはこないのですがね。「ろう」繋がりのダジャレが浮かばないのです。ろうか現象かな?続く。

なぜ1ドルは360円だったのか

 最近の円相場は1ドル150円ぐらいで推移しているようですね。ボーっとテレビのニュースをみていても、それぐらいは頭に残るのです。でも残ったところで、海外旅行の予定もない無職の身では、特に何かを深く考えるわけでもなく、ふと、「子供の頃は1ドルは360円って覚えてたなぁ」とか思い出したり。

 で、思い出しついでにちょっと調べてみました。

 戦後、固定相場制が導入され、1949年から71年までは、1ドル=360円に。

 71年12月には円が切り下げられ、 308円になりました。

 そして、1973年2月14日からは現在の変動相場制に移行し、これまでの円の最高値は2011年10月31日に記録した、75円32銭なのだそうです。

 ところで、皆さんは

 「固定相場制で1ドルが360円に決まったのは、円(まるのことです)の角度は360度だから」という珍説を耳にしたことはありますか?これは結構まことしやかに語られることが多く、本当だと信じている人も多いようなのです。かくいう私も、長い間本当だと思っていました。

 その後、何かで真相を知ったのですが(多分ネット?)、この説は、あの田中角栄氏の冗談が元になっているのだそうです。

 ※上で、かくいう私と書きましたが、角いう私と、太字にしたいような気分です。

 

 そう言えば、先月の大地震の直後には、旧田中角栄邸が全焼するというニュースがあり、目を白黒させられました。目白御殿だけに。

 田中角栄氏がお亡くなりになってから30年になるというのに、折にふれてお名前に接するというのは、良くも悪くも(評価は変動制ですが)、大人物であったという証拠ということなのでしょう。では。

ひと月十句は作りたい

今週のお題「習慣にしたいこと・していること」

 

 習慣にしたいことは、句作です。

 俳句の会に所属しているのですが、「所属している」だけに近いのが現状です。毎月締切があって、五句提出しなければならないのですが、締切前日にあわてて五句ひねり出してなんとか提出。もともと今一つな技量の上に付け焼き刃なのですから、まったくもってつまらない作ばかりなのです。

 俳句は好きです。テレビの『プレバト』は録画して必ずみています。逆に言うと、『プレバト』の俳句コーナーで夏井いつき先生の解説・添削をみることだけが、唯一、俳句を勉強している時間ということです。でも、いくら勉強をしても、実作しないのであれば全く力はつかないのです。理屈をこねて練習しないスポーツ選手のようなものです。

 

 「難しく考え過ぎず、自分の好きなように作ればいいのでは」

 そういう考え方もありますね。でも私はそうじゃないの。上手くなりたい。いい俳句を作りたい。そのためには、いい俳句とは何かを学び、そしてとにかく作ること!それが肝要、分かってはいるの。分かっちゃいるけど、出来ないのよ〜。

 せめて、ひと月に十句作りたい。そして、会に提出するときには、どれを出そうか考えて、迷って、選んで提出したい。

 立派な歳時記も持っているのです。歳時記を開くところから始めてはどうか、自分。季語というとっかかりがあれば何か生まれるんじゃないの?自分。

 

 大好きな編み物がそうでしょう?何冊かある編み物本を繰り返し眺めているうちに、「あの毛糸でこれをアレンジして編んだらどうだろう」というアイデアがうまれるじゃない。そうして、いつでも手に取れるところに編みかけを置いて、暇さえあれば編んでいるじゃない。いつでも編める状況を作って、編み物は習慣にしているじゃない。

 最新作のカーディガンです。元のデザインは単色ですが、手持ちの糸を使い切るため配色を工夫しました。出来上がりが楽しみ過ぎて、ブログもそっちのけで編んでいました。ベストに続き、本年二作目。1ヶ月1枚のペースで編んでいます(笑)。習慣を越えて中毒ですね。いくら今年がうーる年(うるう年)とは言え(久しぶりのブログでダジャレも苦しい)。

 今また別な作品(コットン糸でベスト)を編んでいますが、首がピキピキするほど編み続けてしまうので、これでは体にも良くない。もうちょっと編み物をセーブすることを習慣にして、その分、俳句を頑張りたいものです。あと、ブログもね。では。

冬の道も、たまには面白い

 昨日から、「東京に積雪」のニュースが大ニュースの様相で報じられています。転んで怪我をした方も大勢いらっしゃるようで、お見舞い申し上げます。

 よく、雪国の人は雪道に慣れていて転ばないけれど、東京の人は不慣れだから転ぶのだ、というような言説が聞かれます。でも、違うんですよね。靴が違うんですよ。正確には靴底が。友人達と話しての結論なので私の個人的見解ではありません。

 雪国に暮らす私達だって、底がツルツルの夏靴では、雪道なんて怖くてとてもじゃないけど歩けません。そう、雪のない間は夏靴、雪が降ったら冬靴を履くのが雪国の当たり前。ブーツだって、ちゃんと底を確認して、雪国仕様の溝が深い「雪道で滑らない」が売りのものを買うのです。そして、そんなブーツを履いてなお、滑りそうなところを避けて、慎重に歩くのです。

 

 さて、今冬の弘前市ですが、少雪。不気味なほど、雪が降らないのです。雪掻きが無いのは楽でいいのですが、降るべきときに降らないのはちょっと怖いですね。

 そんな雪のない2月の道を歩いていたら、あら、ワンコ発見!拡大します。

 ね、見えるでしょう?かわいいワンちゃんに。

 雪が無くても、こんなふうに凍っている箇所があるので、どうしても下を向いて歩いてしまうのですが、ごくたまにはこんな発見もあったりして。寒い冬の道でも気持ちの持ちようで、面白いこともあるものです。

 普段は雪の無い地方の方にも、出来れば冬靴で準備を整え、珍しい雪を安全に楽しく迎えていただきたいものです。

 繰り返しますが、冬靴とは、底が滑らない仕様になっているもののことですからね。そこ大事ですよ!では。

みたよ、『ゴジラマイナスワン』

 大ヒット作品と聞いて。それと、しばらく前にテレビで『シン・ゴジラ』をみたら意外に面白かったのもあり、一昨日、映画館に足を運び、『ゴジラマイナスワン』をみてきました。そもそも『ゴジラ−1.0』と書いてなんと読むのかも定かではなく、その意味するところなんて皆目わからない。そんな私でも、とても面白く、楽しめたのですから、名作・傑作なのだろうと思います。

 昭和36年生まれの私の認識では、『ゴジラ』は怪獣映画。つまり、子供向け映画です。大人は子供のお供で一緒にみる事はあっても、大の大人が『ゴジラ』をみるために映画館に行くなんて、そんな風に思っていました。でも、全然違うんですね。地方都市の平日の映画館、お客さんはちらほら程度でしたが、全員、大人。おじさん多め。皆さんもまだご覧でなければ、是非。映画館でみるべき映画ですから。

 押しも押されもせぬおばさんである私が怪獣映画である本作を楽しめたのには、大きく二つの理由があります。

➀人間ドラマがある

 様々な人間「関係」が丁度いい按配で描かれて、ヒューマンドラマとして味わえる。ネットでの評に「セリフで心情を説明し過ぎ」というのが散見されますが、私はその点も良いと思います。昭和の人間って、プライバシーの範囲が狭いですから、思ったことはあんなふうに口に出しても不思議はないです。『寅さん』の世界観ですね。それに、文芸作品ではないのですから、分かりやすくていいじゃないですか。

ゴジラが圧倒的に恐い

 もうね、ゴジラには一切の情け容赦が無くて、圧倒的暴力として人間を蹂躪しまくり。それがあたかも大規模な自然災害のようで、人間の無力さをリアリティを持って浮き彫りにするんですよ。怪獣映画なのに荒唐無稽って感じが無いんですよ。

 

 以上、私の感想であり、皆さんにおすすめする理由です。そして、もし、皆さんがみにいこうと思われたなら、以下に述べる注意点も参考になさって下さい。

➀役者の顔をみても名前がピンとこなくて、老化を実感する。

 ついこの前まで観ていた朝ドラコンビ(神木君と浜辺さん)なのに、しばらく気が付かない。また、ずっと江口のりこさんだと思っていたら、エンドロールで安藤サクラさんと分かり、驚く。

②来場者プレゼントが何なのか分からない

 B5サイズの両面にゴジラが印刷された「厚紙」を貰った(最初はクリアファイルかと)のですが、「これ何?」状態。

 帰りがけに劇場スタッフさんに尋ねました。

 「これは何というものですか?」と。流石に、「何に使うの?」とは気が引けてきけませんでした。

 「70周年記念オリジナルアートボードです」

 答を頂いてもなお分からない。ポスターの代わりなんですかね。スタッフさんは質問にちょっと驚きつつ、親切に応じてくれました。おばさんって、時々ゴジラ並の破壊力を発揮しますね。ごめんね、想定外の質問して。

 

 では皆さん、『ゴジラ』をみに行かれる際の心の準備はバッチリですね。あまりにも年寄りじみた行いで、スタッフさんや同行者に「マイナス1」と思われないよう、気を付けて行ってらして下さい。

 ちなみに、『マイナスワン』の意味するところは、敗戦で焦土と化して無(ゼロ)になった東京(日本)が、ゴジラによって更にマイナス1となる、ということだそうです。ふーん、なるほど。心も凍るような恐ろしい意味ですね、マイナス、氷点下ですものね。では。

おこがましいが、自作の漬物

今週のお題「最近おいしかったもの」

 タイトル通り、自分で漬けた『カボス大根』が美味しかったのです。腕が、というより、ネットで拾ったレシピと材料が良かったのだと思います。

 知人から大分の黄カボスというものを頂いて、何に使おうかと検索したところ、カボス大根を発見。ゆず大根というものの美味しさは知っているので、おそらくは似たようなものができるだろうと挑戦。良かった〜、美味しく出来た〜!

 黄カボスがまだ残っていたので、今日、また漬けました。

 コツはただ一つ。大根を出来るだけ薄くスライスすることでしょうか。出来上がりが楽しみ。美味しくできるといいなぁ。

 

 実は私は長い間、漬物はあまり好まなくて、無ければ無くても構わないという感じでした。そうなれば、自分が食事を作る立場である場合、当然楽な方、「漬物は無くてもいいよね」となるわけで。たまに夫が「漬物食べたい」と言うときは、買ってきて済ませていました。

 ところが、年を取るって不思議ですよね。この頃、漬物が好きになってきたんです。加えて、漬物を食べさせることなく育てた息子達が、立派な酒飲みとなり、「漬物なんかないですか?」なんて言うようになりまして。そうなると、買って食べる漬物のお高いこと!こりゃあ、安い野菜で自作しないと大変だー。というわけで、遅まきながら漬物作りを始めたのです。浅漬け専門ですが。

 自分がせっせと漬物を作るようになるなんて、思ってもみませんでした。でもね、これって凄くワクワクする変化なんです。

 ちょっと話は逸れますが、「かっこいいお婆さん」と聞けば、皆さんはどんなお婆さんを思い描きますか。例えば草笛光子さんとか、夏木マリさんとか、見目麗しい高齢女性は勿論かっこいいです。でも、目指すにはちょっとハードル高すぎ(笑)

 そこで漬物ですよ。漬物作りがめちゃくちゃ上手なお婆さん、かっこ良くないですか。私はとてもかっこいいと思います。憧れますね。そして、頑張ればなれるかもしれないじゃないですか。

 「目指せ!漬物上手なかっこいいお婆さん」

 この心の持ちようが大事です。なんと言っても、漬物も自分の未来も、いしの力が必要ですからね。では。

あら、抜け毛

 冬はほとんど毎日、ニットを着ています。やっぱり暖かいので。手編みのセーターだったり既製品だったり様々ですが、なるたけ洗濯しないほうがいいのはウール全般に言えること。なので、直接肌に触れないように重ね着を工夫して、台所に立つときはエプロン・アームカバーで防御して、なるべく汚さないように気をつけています。

 私のニットは9割がたがダークカラーです。「汚れにくさ」で色を選んでいるわけではないのですが、パステルカラーは明らかに似合わないので、どうしてもダークカラーに偏りますね。

 ニットの性質上抜け毛がくっつきやすいのですが、凄く目立つの。というのは、私の抜け毛は白髪であることが多く、ダークカラーに白ですもの、見える見える。発見するたびに、「私も年を取ったもんだ」と、ちょっと(ほんのちょっと)しみじみとしたりして。抜け毛の量に老化を感じるというのはありがちなことですが、セーターにくっついた白髪の抜け毛に感じるなんて、まさに経験者は語る、です。

 

 先日、友人が三人遊びに来てくれました。その翌日、床に黒髪の抜け毛が落ちているのを発見。

 「私の髪じゃない。綺麗な黒髪、誰の?」

 そう考えながらつまみあげてみると、あれ、長い。両手の指先でゆっくり伸ばしていくと、60cmはある!すぐにピンときました。息子その1の髪だ。

 暮れに帰省した息子その1が東京に戻ってかれこれ3週間。いくら怠け者の私だって、掃除機やクイックルワイパーを何回かはかけてます。何回かはね(笑)。それでも、どこからか出てくる抜け毛の不思議。

 そして、科捜研の出番を待つまでもなく抜け毛の主が分かるという、髪の毛というものの個性。

 セーターについている髪の毛が白ければ「お年寄り」だと分かり、息子の髪が60cmと聞けば「個性的な男性かな?」と想像する。そして、離れて暮らす息子の抜け毛を見つけた母親の気持ちはどんなかな?そんなことも考えますでしょ?

 たかが抜け毛、されど抜け毛。「かみのみぞ知る」なんて思考停止にせず、あれこれ想像してみるのも楽しいものなのです。では。