東京国立博物館の『古代メキシコ展』について、また書きます。
以前も上の写真を紹介したと思うのですが、マヤのパカル王(603〜683)と見られる男性の頭部像です。
そして、この像が見つかった隣の神殿からは『赤の女王』と呼ばれる、数々の装身具を身に着けた女性の骨が発見されました。
発見されたとき、骨は防腐剤などとして使われる辰砂(水銀朱)で覆われていたそうです。それで『赤の女王』と呼ばれているのですが、パカル王の妃である可能性が高いと言われています。今回の展示の目玉ということで、展示の仕方も凝っていました。
「頭が長いなー」
そう思った私は、帰宅してから調べてみました。
ネットでナショナル・ジオグラフィックの記事を読んだのですが、ザックリ紹介しますね。
マヤ人には頭を平にする「頭蓋(とうがい)変形」という風習があった。子供のときに2枚の板で前後から頭をはさみ、頭の形を変えた。それは高い身分を表すためであっただろう。
マヤ人にとっては、長い頭は、「高貴」で「美しく」「カッコいい」容姿だったのでしょうね。
それでちょっと思い出したのですが、夫の父は、後頭部がきちんと出っ張った、格好の良い頭の形をしていました。絶壁頭ではなかったということです。
私がそのことを義母に言いますと(勿論褒め言葉です)、義母は恥ずかしそうに応えました。
「うん。えんつこ頭だのさ」
ちょっと意味が分からなくて、色々質問したのです。分かったことは以下のとおり。
・津軽には昔、藁で編んだ「えんつこ」という一種の揺りかごがあり、家の中は勿論、田畑に出るときも、赤ん坊が勝手に動き回らないよう、その中に入れていた
・えんつこの中の赤ん坊は座る姿勢なので、後頭部は押し潰されることなく成長し、立派な「えんつこ頭」となる
・それに対して、都会の赤ん坊は布団に寝かされるために所謂「絶壁頭」となり、津軽の人はそれを「東京頭」と称した
そして、ここが面白いところなのですが、義母は「東京頭(絶壁頭)」をカッコいいと思っていて、「えんつこ頭」である自分の夫を、「恥ずかしく」思っているようなのでした。時代とか地域によって、こんなにも文化とか美の基準が違うのかと驚いた、懐かしい思い出です。
義父も義母も鬼籍に入りましたが、孫である家の二人の息子達は、どちらも立派な「えんつこ頭」をしています。勿論「えんつこ」ではなく、布団に寝かされていたのに。義父の遺伝なんでしょうか。「赤の他人」ではないですものね。「赤の女王」の長い頭から、そんなことに辿り着いた私でした。
ちなみに、女王の仮面は石で作られています。ガラスの仮面ではないのですよ、マヤ、でしたがね。では