おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

津軽弁の助詞「さ」について書くのさ

 昨日車を運転していて、何気なくラジオ(RABラジオ)をつけたところ、次のようなパーソナリティーのセリフが、強烈なインパクトを持って耳に飛び込んで来ました。

 

 「鼻穴さ、おど指」

 

 おど指の「おど」とは津軽弁で「父親」のことでして、おど指=お父さん指、つまり親指ということです。標準語では「鼻穴に、親指」でしょう。

 そのパーソナリティーによりますと「鼻穴さ、おど指」とは、二つの物がぴったりと合うことを例えた諺なのだそうです。

 誰でも、その人の鼻の穴にはその人の親指がピッタリとフィットするということでした。「へえ!」と思った私の耳に、続けて次の言葉が入って来ました。

 

 「お車を運転中の方、真面目に運転して下さい。今、鼻の穴に指を突っ込んでみたりしないで下さいね」

 ねえ、見えてた?私のこと、どっかから見張ってるの?

 

 津軽弁で「親指」を「おど指」というのは知っていましたが、この諺は初めて聞きました。ちなみに、同じ青森県でも私の故郷下北郡では、「親指」は「親指」ですね。

 手の指を家族に見立てた、「このゆび、パパ~」で始まる有名な童謡『おはなしゆびさん』は、調べましたところ1962年の発表です。恐らく津軽弁の「おど指」はそれに先駆ける、親指をお父さんに「見立て」た表現でしょうね。

 

 もう一つ。この諺を聞いて考えたことがあります。それは、「鼻穴さ」の「さ」についてです。「さ」は津軽地方だけではなく下北でも使います。標準語の「に」とか「へ」にあたる助詞なので、それはもう頻繁に使われます。

 青森県五所川原市が生んだスター、吉幾三氏の大ヒット曲『俺ら東京さ行ぐだ』の、あの「さ」です。

 なぜ「に」や「へ」の代わりに「さ」なのか。似ても似つかない音ではないか。その語源はどういったところにあるのだろう、それが私が考えたもう一つの事でした。そして、嬉しいことに納得の答えが得られたのでした。

 

 『デジタル大辞泉』によりますと、「さ」は、

[格助]《方向の意を表す接尾語「さま」の音変化》名詞に付く。方向を表す。格助詞「へ」、または「に」に同じ。
「追分(おひわけ)の松屋―いかっしゃりました」〈洒・軽井茶話〉

 

中世ごろから東国方言として知られていたが、現在でも東北地方などで用いられる。

 とありまして、青森県のみならず広く東北地方で使われている方言なのです。すっきりしました。そして、そのすっきりついでに、長い間私の胸中にあったわだかまりを吐き出したいと思います。

 

 美空ひばりの、有名な『リンゴ追分』にはセリフの部分があります。その中に

  おら、あの頃東京で死んだお母ちゃんの事を思い出して・・・

という一節があるのですが、ここがどうにもムズムズしてしょうが無いのです。その「さ」の使い方、間違ってるから。津軽弁でそんな言い方しないから。本当に些細な事なのですが、耳にする度にどうにもしっくりこない部分なのです。

 

 言葉について考えるといつも感じる事なのですが、言葉の持つ力って、本当に不思議です。目にも見えず、物理的な作用があるわけでも無いのに、その効果の大きさときたら。たった「さ」一つで、名曲に微妙な影を落としたりもするのですから。

 

 「さ」の一語で歌詞がしっくりこない、つまり「鼻穴さ、おど指」とならないとは、おど指=パパ指だけに、作詞家もなかなかママならないものですね。では。