おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

柳は揺れて、柳絮(りゅうじょ)は飛んで

 柳の思い出の続きです。前回の記事から間が開いてしまったのは、ちょっとようじがあったもので、ヤナギだけに。(今回は初っぱなにダジャレです)

 

 中島みゆきの『EAST ASIA』という、1992年に発表された曲の一節。

 
  モンスーンにいだかれて 柳は揺れる
  その枝を編んだゆりかごで 悲しみ揺らそう
  どこにでもゆく柳絮(りゅうじょ)に姿を変えて
  どんな大地でもきっと生きてゆくことが出来る
 
歌詞の一部を読んだだけでも、東アジアの湿度の高い、なんとなく悲しみに彩られた世界観に包まれます。ちなみに、天安門事件は1989年の出来事です(あれから30年!)。
 
 この曲で柳絮という言葉を知ったのかもしれません。柳の種子は白い綿毛に包まれて、風に乗って遠く旅をするのだそうで、その白い種子を柳絮と呼ぶそうです。
 Wikipediaによりますと、中国では柳絮は5月頃の風物詩となっているそうですが、日本では盛大に柳絮を飛ばす品種はあまりみられないのだとか。
 
 今から20年以上も前の事ですが、ある春の日の職場での出来事です。開いていた窓から何か白いフワフワしたものが入ってきて、真っ先に気づいた同僚が窓の外を見ると、一面にその白いフワフワが飛んでいるのです。
 「あれ、何?」「何だ?」「見たことない」
 何だ、何だ と騒ぐ中で、一人、50代の男性が、
 「あれはさ、柳の種が飛んでいるんだよ。柳絮っていうんだ」と、解説してくれたのです。
 これが柳絮か。言葉は知っていたけれど、初めて見た。
 『EAST ASIA』の歌詞を思い出しながら、感慨深かった事を覚えています。不思議に、あれほど盛大な柳絮を見たのはあの時一度きりで、それが余計にその記憶を鮮明にしているのかもしれません。
 前回の記事に書きましたが、私の実家の近くには立派な枝垂れ柳が立っていました。でも、一度も柳絮が飛ぶ様をみた覚えはないのです。Wikipediaにあったように、柳絮を飛ばさないタイプの柳だったのか、あるいは、柳は雌雄異株なので、あの樹は雄株だったのかもしれません。
 
 今回、柳絮についてネットで調べた中で、新しく知った言葉があります。
 「柳絮の才」。柳絮の才とは、文才がある女性のこと。晋の時代、謝道蘊という女性が、降る雪を柳絮に例えた詩を詠み文才を讃えられた、という故事によるそうです。
 柳の木に雌雄の違いがあるように、文学的な表現にも男女による違いがあるのかもしれません。
 柳絮の才、中島みゆきさんにピッタリの言葉を発見したと思ったのでした。では。
 

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