おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

ああ、上野

 先週末、所用で東京へ行きました。せっかくなので、用事の合間に東京見物。旅行記を何回かに分けて書きたいと思います。

 

 今は昔。東北本線の終着駅は青森駅、起点は上野駅でした。石川さゆりさんの名曲「津軽海峡冬景色」に、

 上野発の夜行列車 降りたときから~ 青森駅は 雪の中、とある通りだったのです。

 東北新幹線だって、東京駅まで延伸したのは1991年(平成3年)のことです。それまでは、上野終点。若い人には信じられないでしょうね。

 「東京駅はドキドキする。上野は安心する」

 私の周りの同年代は、皆そう言います。これはもう、50代以上の東北人にとってはDNAレベルで刷り込まれてしまっていることなのです。

 ということで、今回の東京行きでは、「上野恩賜公園」をじっくり見ようと心に決めておりました。

 

 私が弘前を発った金曜日、青森は当然雪景色でした。本当は雪掻きの必要があったのですが、旅行前に汗をかくのがイヤだったのでパス。帰って来たときの自分を自分で苦しめることになるのは、覚悟のうえの出発です。

 さて。上野。

 東京って、雪が無いの。気温も8度もあってさ。公園の木々も葉っぱが青くって、花も咲いたりしてるの。ホームレスもベンチでくつろいでて。大道芸のパフォーマンスがあったりして。それを観光客が立ち止まって見てたりして。死ぬよ、青森県なら。

 朝起きて、雪掻きして。片側2車線のはずが雪で1車線半になった道路を運転して、仕事して。休日も雪掻きして。灯油代の請求書にビックリして。青森県人って、何?

 そんな事を感じつつ歩いた上野の公園。

  一言で言えば、「上野恩賜公園」、ハンパないって!広さ、見所の多さ、そして樹木の立派さ、知れば知るほど、見ればみるほど、好きになる。ああ、上野!心の駅よ!

 その日の夜、息子その2とご飯を食べたときのこと。

 私 「今日の昼、上野の公園をずっと歩いたんだよ」

 息子「ああ、上野おんちょう公園?」

 私 「それ、冗談?素で言ってる?」

 息子「何が?素だけど?」

 私 「上野おんし公園って、読むんだよ」

 息子「マジ?」

 DNAって恐ろしい。実は私も30年程まえ、「おんちょう公園」と読んで、夫に間違いを指摘されたのです。息子が同じ間違いを犯すとは。

 「おんしは、まっこと、ウチの息子ぞね」(一応、土佐弁のつもりです)

 

 全然、旅行の中身に触れていないのに、長くなってしまいました。「上野」「上野駅」に寄せる東北人の熱い想いが為せる業なのです。おわかり頂けますでしょうか。

 

 上のダジャレで四国「土佐」が出たので、「九州西郷どん」と「中国のパンダ」(ここで、その中国じゃない!の突っ込みお願いします)、上野の二大スターが向かい合う写真を載せて、今日は終わりにします。また、お付き合い下さいね。では。

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