『大巻伸嗣展』の続き、いよいよ作品を見ているときの、私の頭の中公開です。
まず、会場に入って左手奥の壁に、写真パネルが展示されているのですが、残念ながら撮影不可。
このパネルがものすごく好き。
どこか外国っぽい険しい山の断崖の夜。ポツンと灯りが一つともっていて、ああ、人間が居るんだ。灯り一つで人間の存在って分かるんだなーとか思っているうちに、
人間ってなんて異質な存在なんだろう、この夜の世界で人間の存在の不自然さときたら、そんな気がしてくる。
獣は火を恐がると言うけれど、本当に恐れているのは人間なんじゃないか、火のそばには人間が居ると知っているから近づかないのではないか、そんなことまで考えてしまう。
次の作品も撮影不可。これも見飽きない不思議な「シャボン玉」の世界。
逆説的な表現になるけれど、「死が生まれる」って感じ。見た人には分かってもらえるかな。
白のアクリル板に白で描かれた植物。
「白って、200色あんねん」というアンミカの名言が浮かんだ。
分かりにくい写真ですよね、ごめんなさい。巨大な布(うす〜い)が、風をはらんで膨らんだりすぼまったり。高く低く、波のように動き続ける。
ハリー・ポッターのディメンターの仲間みたいに、こちらを飲み込みに来そう。いっそ飲み込まれようか、そんな気がしてくる。
会場は涼しくて、いつまでもここに居たい(笑)
外側を回るコマのような物体が動かない方(くびれている方)に近づくと、宇宙船の帰還って感じ。
あるいは、「天動説」を想起。ちょっと「意味ありげ」過ぎて、これは薄ら笑いしてしまう作品。
白いフェルトに型で描かれた鮮やかな動植物。入館者は中央を歩いて次の部屋に向かうので、通路になっている部分は会期が進むにつれ、「絵」はかすれ、汚れていく。
時の流れや自然の変化という意味以上に、破壊する存在としての人間が際立つ。
最初に書いた写真パネルでも、人間の異質さに触れましたが、自然に対立する人間の有りようを意識させられる展示が多いのです。が、上の鮮やかな空間を抜けた最後の部屋では、一転して、青森県の豊かな風土とそこに暮らす人々との融和が、映像という手法で提示されています。
津軽弁の歌も凄く良くて、目も耳も癒やされる。ここも貸し切り状態だったので、2回鑑賞。雪って、いいなぁ、綺麗だなぁ。そんなことをのん気に思える真夏の今。
さあ、重い腰をあげて帰りましょうか。充分涼んだし。あんまりクーラーの中に居すぎて、頭がクーラークーラーしたら大変だし。
とまあ、こんな感じで、美術鑑賞というより、アチラコチラに妄想を飛ばし、ダジャレなども考えたりしながらニヤニヤ、ダラダラ歩いている、それが私の鑑賞スタイル。どうでしょう?楽しんでお読み頂けました?それとも、
「あ〜あヤんなっちゃった、あ〜あ、驚いた」?
あ、これは大巻伸嗣じゃなくて、牧伸二でしたね、失礼。では。