おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

イタリア旅行の思い出 『聖マタイの召命』その1

 数年前イタリアに行きました。いつかまた行きたい、いや、行こうと思っていたのに、コロナウイルスのせいで、「夢」が「遠い夢」になってしまった気がします。

 

 ツアーに参加したのですが、ローマでのフリータイムでは、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会にあるカラヴァッジョの3枚の作品を見るのを楽しみにしていました。中でも、一番の楽しみは『聖マタイの召命』でした。

 

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聖マタイの召命 1599~1600 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

 今日放送されたEテレの日曜美術館でこの作品が紹介され、数年前実際に目にしたときのことを思い出しました。
 

 旅行に行く前に、カラヴァッジョの絵が掲げられている聖堂には面白い仕掛けがあることを知りました。通常ではそれらの絵は暗闇の中にあるのですが、聖堂脇にある料金箱に規定のお金を入れるとパッと灯りがともり、素晴らしい作品がまるでその人の前に姿を表すかのように出現するというものです。面白い仕掛けだなあ、暗闇から忽然と現れるカラヴァッジョ作品、是非見てみたいと思ったものの、まあ無理だろうとも思っていました。というのは、名画中の名画3枚、しかもこの場所に足を運んでしか見られない(恐らく)のですから、聖堂前は人だかり、常に灯りはともりっぱなしだろうと考えたのです。

 ところが。

 さすがローマです。街中が見所だらけで世界中からの観光客も分散するのでしょう。サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会はひっそりとしたものでした。私たちの前には既にカラヴァッジョ作品を鑑賞している観光客がいましたが、私はなるべく絵を見ないようにして順番を待ちました。財布からコインを出し準備をします。そうこうしている内に聖堂内の灯りは消え、その数名は立ち去りました。

 「さあお母さん、お母さんの番だよ」、夫に促され、料金箱へ。

 灯りがともり、私のために灯りがともり、私のために『聖マタイの召命』が、私のために『聖マタイと天使』が、私のために『聖マタイの殉教』が現れました。と、大変な興奮ぶりで書いてはみましたが、実際は違うのです。興奮と言うより呆然と言う感じでした。現実とは思えない、そんな気分が拭えないのです。

 「本物なの?本当に今本物をみてるの?」そんな狐につままれたようなと言いますか、現実感のないままに3枚の絵を順に見ていったのでした。

 さて、ここからメインの『聖マタイの召命』について書いていこうと思ったのですが、長くなってしまいましたので、続きは明日にマタイで書くことにしたいと思います。続く。