おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

『グラン・ブルー』人生はジグソーパズル

 今年の夏はエアコン(本当は嫌い、おばさんだもの)の効いた居間で、テレビで映画を観ている日が多かったです。

 先週はリュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』を観て、やられた〜。もう一回観たい、すぐにでも。

 映像が素晴らしくて、海の美しさに惚れ惚れとします。まるで地中海の青と白の世界に我が身を置いているかのような、幸せな錯覚に浸れます。夏に観るべき映画ですね。

 主人公ジャックと幼馴染みのエンゾ。二人の人生はジグソーパズルのようだと思いました。

 エンゾは常に、完成したジグソーパズルの世界に生きているかのよう。家族、仲間に囲まれ、いつでも「俺が一番!」、フリーダイビングのチャンピオンです。愛と称賛のピースががっちりと嵌まったジグソーパズル。でも、満足は出来ない。1000ピースの次は2000ピース、もっともっと大きなパズルを完成させたいのです。

 なぜ満足出来ないのか?それはジャックとの勝負が不戦勝だから。正々堂々勝負して、ジャックにちゃんと勝利して「本当のチャンピオン」になったときこそが、エンゾにとって人生のジグソーパズルが完成したときなのです。

 では、ジャックの人生という名のジグソーパズルとはどんなものだったか。

 それは言うなれば不良品。最初からピースが一つ欠けているのです。決して完成することのないパズルなのです。パズルが完成していけばいくほど、ポカっと空いた空白が目立ってしまうのです。

 

 海の底ってどんな感じ?とたずねられ、ジャックは答えます。

 「海底は恐ろしい。上がってくる理由が見つからないから」

 陸の世界には自分を繋ぎ止めるものが無いと、恋人の愛でさえ、欠けたピースを埋めることは出来ないと言うことを意味するのだと思います。

 そして、そのピースを求めて映画はラストへと向かいます。

 ネタバレは避けたいので具体的なことは書きませんが、虚をつかれると言いますか、「えっ!」というラストが待っています。「心にシンシンと潮が満ちる」とでも形容したい、いつまでも余韻の残るラストシーンです。ジャックの逡巡する手の動きが、目の奥に焼き付いています。機会がありましたら、是非ご覧になって頂きたいと思います。主人公のモデルになったジャック・マイヨールは日本にゆかりの深い方でもあることですし。

 それにしても、マイヨール、良くあんなに潜りヨール、なんてね(笑)。

 

 えーと、ちょっと映画の感想からずれるのですが、

「○○は恐ろしい。上がってくる理由が見つからないから」

 このセリフは本当に恐ろしいと思いましたよ。「中毒」というものの正体を見た気がしました。○○に、ギャンブルとかお酒とか入れてみて下さい。

 例「パチンコは恐ろしい。上がってくる理由が見つからないから」

 パチンコをしているときが人生で最も満たされている時。他のどんな楽しみも、家族の嘆きも、パチンコの魅力には敵わない。切り上げる理由にならない。人生で一番大事なものがパチンコ。中毒ってそういうことなんだなぁ。暑い車内に子供が取り残されていたニュース、毎年毎年、本当に嫌になります。では。