12月14日。赤穂浪士討ち入り。
「伊右衛門」と言えば、何を思い浮かべます?ペットボトルのお茶?それとも、
「恨めしや~、伊右衛門殿~」と、お岩さんに祟られる「東海道四谷怪談」の伊右衛門でしょうか。
赤穂浪士の討ち入りに題をとった「仮名手本忠臣蔵」は歌舞伎の演目ですが、「東海道四谷怪談」はその外伝で、四代鶴屋南北の創作による歌舞伎狂言です。
以下、わかりやすいように、浅野・吉良という名前で話をすすめます。
「東海道四谷怪談」の主人公・お岩の父は浅野家に仕えておりました。お岩が結婚した伊右衛門は、とにかくヒドい男でした。公金横領から殺人まで、なんでもやります。ところが、そんな男に惚れる女もいるんですね。その女・お梅の祖父は吉良の家臣で、伊右衛門を婿にと望みます。伊右衛門は、吉良家への仕官を条件にお梅との再婚を承諾。妻・お岩を亡き者にしようともくろみます。
毒を盛られたお岩は、顔の半分が醜くく腫れ上がり、髪の毛はゴッソリと抜け落ち、苦しみの内に命を落とします・・・。お岩は亡霊となり、伊右衛門に取り憑くのでした。
「忠臣蔵」に登場する義士達が人間の「明」の部分なら、伊右衛門は「暗」ですね。同じ浅野家に仕えながらも、皆が皆「義士」のような人間ではないという、当たり前といえば当たり前のことを扱って、大人気となったそうです。
四十七士の忠義に涙を流すとき、この卑怯で血も涙も無い伊右衛門が懲らしめられるというのは、大きなカタルシスとなったことでしょう。うまいもんですね。
さて、本題はここからです。「赤穂浪士」のことを書いても、今更でつまらないと思い、その裏側にある「四谷怪談」について書こうと思ったんです。記憶が定かで無い所もたくさんあるので、ネットで調べもしました。その中で、江戸時代から変わらぬ「日本人の心性」といったものを語るトピックを読みました。
四十七士が見事に討ち入りを果たした後のことです。四十七士を賞賛する一方、大変なバッシングも起こりました。
例えば、討ち入りから脱落した、赤穂の家臣に対する「裏切り者」という蔑み。彼等はそれが理由で、仕官を断られることがしばしばあったそうです。また、討ち入りに加わらなかったことは家名の恥であるとして、無理矢理切腹させられた者もあったそう。また、吉良家の家臣達も、主君の仇を討とうとしない不忠者とされたのだそうです。
現代日本では、何か事件があると、日本中が一致団結してバッシングに走るというのは見慣れた光景になってしまいましたが、今に始まったことではないみたいですね。日本人は昔から、大きな一つの風潮に流されるというか、まとまってしまう傾向があるようです。多様性の時代を迎えるのは、まだまだ先かもしれません。
それにしてもですよ。「忠臣蔵」に関しては昔から、浅野内匠頭が短気を起こしたのが一番悪い、という意見を聞きますが、ホントにその通り。巻き込まれた浅野・吉良両家の家臣とその家族が気の毒でなりません。
お岩さんのように「恨めしや~」と化けて出ようにも、浅野内匠頭は死んでしまっていて恨みも「いえんもん」なのですから。
やー、最後は下手なダジャレでお茶を濁してしまいました。伊右衛門だけに・・・。ごめんね~。