おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

松山城ほか

 松山市では、松山城、萬翠荘、坂の上の雲ミュージアムを見学。

 模型でも高さがお分かり頂けると思うのですが、松山城は石垣の高さが凄い。

 奥の方に小さく写っているのが、「現存十二天守」の一つ、松山城天守です。昔の(江戸時代以前の)巨大な建築を見るたびに思うのですが、重機も測量機もなく、どうやってこんなものを作ったのだろう?驚きというより、何とも言えない、納得出来ないような、ポカンとした気持ちになってしまうのです。

 天守からの眺めです。人間ってこんなにちっぽけなのに、巨大な石で石垣を積んだり、木造で多層構造のものを建てたり、挙句に、現代では高層ビルを作り、飛行機で空を飛ぶ始末です。

 一方では、

 こんな落書き(改修工事の際に見つかったそう)をしてみたり、

 似顔絵だけでは飽き足らず、裃を着たチョンマゲ頭を上から見た図まで描いたりして。人間って変わらないなぁと思ったりもします。

 松山城の城主は三代目が徳川家康の甥にあたります。家康の異父弟の息子なので、本当の苗字は久松なのですが、松平性を許され、以降幕末まで、松平◯◯という殿様が続きます。

 これは、久松松平家伝来の火事装束なのですが、葵の御紋が入っているのはそういうわけなんですね。

 そんな名門なのですが、最後のお殿様が鳥羽・伏見の戦いで幕府側についたため、維新後は色々あって、久松を名乗る事に。そして、そのお殿様にはお子がなかったので、養子となられたのが久松(さだこと)陸軍中将であり、氏が建てられたフランス式の邸宅が、こちらの萬翠荘です。

 ザ・洋館という感じの建物で豪華でした。一番印象に残っているのが、こちらの肖像画です。

お若い頃の方をアップにしますね。

 昔読んだ幸田文の文章に「陛下のお若い頃は女学生に大変な人気で」と言った内容のものがあって、その時は「そ、そうなの?」という感想でした。でも、こちらの肖像画を拝見しますと、「なるほど!」と腑に落ちるのでした。

 さて、最後は『坂の上の雲ミュージアム』です。同名の司馬遼太郎の小説の主人公、秋山好古・真之兄弟とその親友正岡子規にまつわるミュージアムです。「松山の誇る偉人という事で、入ってみますかね」なんて調子で入館。入ってすぐのホールでは、ちょうど、『NHKドラマ・坂の上の雲DVD発売記念、ドラマ放映中』というイベントがあり、大型テレビの前に椅子が並べられていました。

 「疲れたね。足休めに少し座りますか」と夫と意見が一致。目は自然にテレビ画面へ。

 わー、好古役の子役が凛々しい。へー、真之と子規は幼馴染なんだー。役者が皆んなわかいなー。菅野美穂可愛い。もっくんカッコいい、松たか子綺麗、阿部寛でか〜い。

 あまりの面白さに1時間以上も見てしまいました。何やってんの、私達(笑)大急ぎで展示をみなくっちゃ。

 ドラマでは、弟の真之が「殿様が出して下さる金を借りて(奨学金ということですね)勉強しようと思う」と言うのに対して、兄の好古が「借りた金で勉強しては先がせばまる」と言うような理由で(うろ覚え)、「俺が金を出す」と言い切るシーンがありました。その殿様というのが、先に書いた久松定公なのです。

 こういった、点だった知識が繋がって線になる瞬間、楽しいですね。でも、さもさも知ったような顔で書いていますが、こうしてブログを書くために色々とネット検索して、新しく仕入れたばかりの知識で書いているのです。そして、その検索のきっかけとなるのは、旅で目にし耳にした、それまで全く知らなかった、あるいは気に留めていなかった事柄なのです。

 旅をすると色んな刺激があって、それを持ち帰って、家に帰ってからも楽しめる。旅の大きな喜びです。

 松山城はけっこう坂を登るのですが、「坂の上の苦も」また楽し。旅先では何でも貪欲に楽しみたいものです。続く。