おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

①子供を捨てる話

 アメリカシロヒトリの第2シーズンが始まりました。まだ数は少ないものの、気持ち悪さに変わりはなく、殺虫剤片手に玄関前の攻防戦です。

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 アメリカシロヒトリの幼虫を目にしたからというわけではないのですが、八月の『ねぶた』見物以来頭から離れない、「幼児を捨てる」話について書こうと思います。3部作の予定です。

 弘前の扇形のねぷたの鏡絵は、日本や中国の英雄豪傑が勇猛果敢に戦っている姿に題をとったものが多いのです。その中でも『三国志』の有名な場面は人気なのですが、私が見ただけでも今年は大型ねぷた2台、小型ねぷた1台の計3台に同じ場面が描かれていました。

 『趙雲(ちょううん)幼子を救う』という場面がそれです。

 敵の真っ只中に取り残された主君・劉備玄徳の幼い息子を救い出す趙雲。幼子を自らの懐に入れ、馬上からバッタバッタと敵を切り倒しながら駆けに駆け、見事、主君のもとへ。そして無事に幼子を劉備玄徳に手渡したのでした。

 私はこの場面は知ってはいたのですが、記憶があやふやで、「趙雲張飛じゃなかったっけ?」と思い、ねぷた見物しながらスマホで検索したのです。そして知った、その後の驚愕の展開。

 『三国志演義』によりますと、奇跡的に助かった我が息子をその手に受け取った劉備玄徳、なんと、その子を地面に投げ捨て、次のように言ったそうな。

 「こんな子供のために、趙雲のようなまたとない臣下を失うところであった。子供はまた生まれるが、趙雲のような臣下は二度と得られない」

 ちなみに、子供の名前は阿斗(あと)。阿斗のあとにまた作ればいいって、ヒー、酷いー、信じられないー。それじゃ趙雲の命懸けの活躍も無駄ってこと?趙雲はどう思ったの?ってなるでしょ。そしたら趙雲趙雲で、

 「実の子よりも臣下を重んじた言葉に感激した」のだそうです。

 って、おいおい。劉備玄徳もひどいが、感激する趙雲もどうかしてない?

 そんな風に私が思うのは、時代の差、国柄の違い?それとも男女の違い?少なくとも、女性の発想に、「子供は失ってもまた産めばいい」は無いんじゃ、と考えたところで思い出したのです。いたよ、女性にも。ということで、子供を捨てる話②に続きます。では。