ルネサンス期のイタリアに、勇敢な女性領主としてヨーロッパ中にその名を知られた一人の女性がおりました。
カテリーナ・スフォルツァ(1463年〜1509年)と言います。夫の名はジローラモ・リアーリオ伯爵。地方都市の領主でした。そして、そのジローラモが反乱にあい、暗殺された際の彼女の行動が凄いの!どこまで本当かは分かりませんが、大変有名なエピソードなのだそうです。
Wikipediaから抜粋します。
ジローラモが暗殺された際、カテリーナと子どもたちは城外で反乱側に捕えられた。しかし、城の守備隊は降伏しなかった。そこでカテリーナは反乱側には守備隊を説得してくると言って、子どもたちを残し城に入っていった。彼女が城に入ったまま出てこないので、反乱側は人質の子どもたちを殺すと脅した。すると、カテリーナは城館の屋上に立ってスカートを捲り上げると「子どもなどここからいくらでも出てくる」と叫んだのだった。これには反乱側もあっけに取られた。やがて援軍が到着し、反乱は鎮圧された
私がネットで調べたところ、カテリーナはあらかじめ守備隊に「決して降伏しないように」言い置いたのだそうです。そうして、いち早く実家に援軍を送るように頼んでおいたそう。指揮官としては素晴らしい行動と言えるのでしょうが、ちょっと待って。それじゃあ最初から、人質として置いていく子供達は見殺しにする気だったということね。
「城に戻ったカテリーナはそのままベッドで眠ってしまった」という記述も読んだのですが、子供の命なんて本当にどうでも良かったのでしょう。カテリーナじゃなく、勝手リーナです。
彼女がイタリアの女傑として他国にまで名を知られたというのは、このエピソードによるらしいのですが、上記のような行動が賞賛されるというのも、やはり時代というものなのでしょう。
さて、①、②と、現代人の目からは理解出来ないような「子供を捨てる」話を書きましたが、③はちょっと趣を変えて、「分かる、分かる」と頷きたくなるような内容を書く予定です。お楽しみに。では。