シリーズ3つ目は、俳句表現の中の「子捨て」です。
短夜(みぢかよ)や乳(ち)ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてちまをか)
竹下しづの女
季語は短夜。夏です。
家事、育児に追われ、寝る時間もろくにないのに、明けやすい夏の夜はもう白々として来て、あとちょっと、あとちょっとだけウトウトさせてと思うのに。特にこの頃の熱帯夜にはうんざりで、もう少しだけ「寝ったいや」なのに、この子ったらまた泣いて。ああ、もう嫌だ。泣きたいのはこっち。こんな子供なんか捨ててしまいたい。
分かる!分かるなー、このいら立ち、苦しさ。なんで私はこんな苦しい思いをしなきゃならないの。子供なんか産まなきゃ良かった。とまで思うけれども、子供が悪いわけじゃない。泣くのは子供の仕事。あんなに可愛く思える時だってあるのに。
それなのに。
それなのに今この瞬間、「捨ててしまいたい」とまで思ってしまう。そんな私という人間を客観的に見つめる目が、「須可捨焉乎」と書いて「すてちまをか」と読ませる表現をとったのだろうと思います。
子育ては一筋縄ではいかないものだと、つくづく思わされる俳句なのです。では。