BS11で放送中の『名探偵ポワロ』が好きで、楽しみに観ています。何度目かの再放送で、以前にも観ているはずなのですが、すっかり内容を忘れてしまっていて、常に新鮮な気持ちで謎解きが楽しめます。
先日の放送のエンディングは、犯人のレディが警察に連行される際、「私の時計はどこ?」と言いながら、優雅な仕草で時計を腕に巻きながら連れて行かれるというシーンでした。実はその時計の中にはコカインが隠されていて、彼女はそれを使って自殺する覚悟なのでした。ポワロをそれを承知で彼女を見送ります。
「あなたは知っていながら何故とめなかったの?」という質問には、
「絞首台のロープよりはマシでしょう」と静かに答えます。
私の記憶では、今回のように犯人が自ら命を断つことをポワロが意図的に見逃すという回が他にもありました。いずれも裁判の後は絞首台に送られるだろう犯人であり、探偵のポワロにとっては自分の謎解きが済んでしまえば、刑の執行は関与するところではないのです。死を選ぶことは本人の意思として尊重するという、きっぱりとした態度なのです。ヨーロッパの個人主義というものに関係するのかもしれません。
一方、日本の有名な探偵と言えば、横溝正史氏が生み出した金田一耕助があげられます。『犬神家の一族』を皮切りに、映画やドラマが続々と作られましたね。私も結構みています。そして、記憶に残っているラストシーンのいくつかは、
「しまった〜!」
と、犯人に自殺されて悔やんでいる金田一耕助の苦しげな表情です。何故記憶に残っているかと言いますと、
「またかー、いい加減学習しろよー」
と思ったからです(笑)。
こんな風に、金田一耕助シリーズにおける犯人が自殺して幕をとじるという終わり方は、私の中にモヤッとしたものを残していました。そこへ、初めに書いた犯人に対する態度のポワロとの違いが加わったわけです。
金田一さ〜、犯人の自殺を防げたとして、結局死刑になるんだよ。あなた、女性の犯人に対してめちゃくちゃ肩入れしてるのに、裁判を経て死刑になって欲しいと思ってる?「しまった〜!」って、何?何で?
分かりましたよ、私。何故金田一耕助は、何度も犯人に自殺されるという失敗を繰り返すのか。
それは、考えていないから。事件の謎解きは夢中で考えるけれど、人間というもの、女というものについて深く考えるということが無いからでしょう。だから、あんな陰惨な殺人事件に遭遇していながら、事件解決後は、あんなにもさっぱりとした顔で去っていけるのでしょう(まぁ、ドラマですからね)。
ポワロシリーズも金田一シリーズも、謎解きを楽しむことが第一の面白さだと思うのですが、再放送やリメイクで何回も同じストーリーをみているのは私だけではないでしょう。皆さんやっぱり「忘れる」という時の効用のお陰で、同じ謎解きを楽しめているのだと思います。灰色の脳細胞があまり活発では無いというのも、悪いことばかりでは無いかもしれません。
なんて強がりを書いてはみたものの、最近のもの忘れのひどさは自分でも悲しくなる程なのです、というのがポワロっとこぼれる本音なのでした。では。