中国三国時代、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)は、戦場で馬に乗ることもなく過ごすうちに太ももに贅肉がついてしまい、その事を嘆いたという。この故事から、力を発揮する機会に恵まれないことを「髀肉之嘆(ひにくのたん)」と言います。
下は私の「特技」について書いた過去記事です。
chokoreitodaisuki.hatenablog.com
記事に書きました通り、私の特技は役には立たないけれど、発揮する機会は時々あるので、「髀肉之嘆」とは違いますね。
特技が役には立たないというのも悲しいけれど、せっかくの素晴らしい特技を持ちながら、それを使える場が無いというのは、本当に残念な事だろうと思います。
先日、10歳ほど年上の方とお話していた時の事です。その方は「自分は何もできないのよ」と口癖のようにおっしゃる方で、例えば私の編み物なども「凄いわね、何でも出来て素晴らしい!」と大袈裟なほど褒めて下さいます。そして必ずと言っていいほど、「私は何にも出来なくて」と決まり文句がつくのですが、その時は更に続きがありました。
「私ね、若い頃は銀行に勤めていたの。だから、お札を数えるのは凄く上手なのよ。私に何か得意な事、あったかな〜って考えてみたら、そうだ!お札を数えるのは凄く得意だ、って思い出したのよ〜」
彼女の言葉は続きます。
「でも、残念ね。今はその数えるお札が無いのよ。特技を活かせないのよ〜」
二人で声を立てて笑ってしまいました。
せっかくの役に立つ特技なのに、なんという皮肉。「髀肉之嘆」とはまさにこの事!と思ったのでした。では。