おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

栗と梨

今週のお題「秋の味覚」

 知人からどっさり生栗を頂いた。ありがたい。そして申し訳ないが、嬉しくもあり、嬉しくも無し。

 茹で栗は特に好物ではなく、息子に至っては、「食べない」とにべも無い。さて、少々面倒だがどう加工しようか。冷蔵庫のチルド室で寝かせると甘みが増すと言うことなので、ニ、三週間じっくり考えようと思う。

 

 親戚から梨が届いた。こちらは無条件で嬉しい。皮を剥くだけで食べられるし、何より息子の大好物。「一番好きな果物は梨」と、津軽人としてあるまじき発言までする。

 果汁あふるる梨を食べながら息子に、『わらしべ長者』の話を知っているかと聞いてみた。

 「何かと何かを交換していく話なのは知っているが、わからん」とのこと。

 「喉の渇いている人に梨をあげて、反物を貰うんだよね。確かに、梨なら水の代わりに渇きも癒えるだろう感じがするね」と説明しても、息子は「そう?」と素っ気ない。

 ところが、ブログを書き始める前にネットで確認したところ、全くもって私の勘違い。反物と交換したのはミカンだった。後で息子に、「この前のわらしべ長者の話はなしで」と訂正しなければ。

 そして、その確認の際に思ったのだが、わらしべ長者は、今で言う「起業家」なのかもしれない。

 ただのわらしべを手に歩いていたのでは何も起こらなかったはず。わらしべに虻をくくりつけた「商品」を作った事によって、次の展開につながったのだ。

 つくづくと、工夫して手を加えることの大事さを思う。なんて、ちょっと無理矢理感有りすぎだ(笑)。

 でも、考えてみれば栗なんてその典型かも。和菓子はもちろん、マロングラッセモンブランなど、栗を加工した商品の美味しくそして高価なこと!

 よし、決めた。栗の皮むき器なるものを買うことにしよう。めったに出番のあるものでは無いし、値段もそこそこ(どうせ買うなら刃物はいいものを買いたい派)。でも、いい道具はモチベーションをアップさせるし、何より作業が楽しい。

 皮むき器を手中にした暁には、寝かせた栗で何を作ろうか。ちょっと楽しみになって来たぞ。そして何より嬉しいのは(予感の段階ではあるが)、栗を頂くことを心から「嬉しい」と思えるようになるだろうこと。はは、来年以降も貰うつもりでいるという、図々しくもおめでたい私だ。

 こう言う性格って、長女に多い気がする。勿論、私は長女。あれ?「私は長女」と「わらしべ長者」、似てない?ダジャレっぽくない?ないか(笑)では。