おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

補聴器は大型化を目指すべき

 最近立て続けに、補聴器というものについて考える機会がありました。何があったのか、何を考えたのか、箇条書きで並べてみます。

 ・80代の参加者が多い集まりに行ったところ、耳の遠い方ってこんなに多いのね。耳の老化って辛いなあ、改めて実感する。

 ・耳が遠い方も大変だけど、そういうかたに向かって大声で話す方も疲れるなあ。

 ・会話に不自由なレベルなのに、どなたも補聴器は使っていないねえ。

 ・結果、せっかく「集まり」に来たのに、ただニコニコお茶を飲んでいるだけ。それでも(会話が出来なくても)、「集まり」に顔を出したいものなのね。そうかあ、そうよね。

 ・補聴器に対する抵抗感って確かにあるよね。価格の問題もあるだろうけど、「まだそこまで年寄りじゃない」とか「恥ずかしい」とか。

 ・その抵抗感を減らすためなのか、補聴器メーカーって、「目立たない」ことを長所に数えて、小型化を追求してない?それって正解?

 ・当たり前だけど、補聴器って高齢者が使う場合、「物覚えが悪くなっている」「目も悪くなっている」「手先も不器用になっている」、そういう人が使う精密機器なんだよね。

 ・デイサービスとかの入浴介助の際には補聴器を外すでしょ。どこに置いたか分からなくなったり、ちょっと外して無くしたり、そういうトラブルが多いんだって。

        

 以上の様な事を考えていて思いついたことが以下です。

・補聴器は大型化こそ正しい方向ではないか!

・若い人で、町を歩くときもヘッドフォンを着けている人がいるじゃない?あれあれ。あのぐらい大きいヘッドフォン型の補聴器、是非開発して欲しい。

・ヘッドフォン型になれば、紛失の心配は大分無くなるでしょう?大きければ充電式に出来るから、小さなボタン電池を頻繁に入れ替えるという煩わしさもない。

・補聴器が必要な頃には眼鏡も必要になっているでしょう?眼鏡と併用するにも今の耳かけ式よりヘッドフォン型の方が良くない?

・さすがに現在の80代とかはヘッドフォンには抵抗があるだろうけれど、70代であれば、子供や孫から「いいじゃん」とか言われたりして手を出しやすいのでは。

 

 どうでしょう、「耳遠い予備軍」の皆さん、ヘッドフォン型補聴器。

 操作性、利便性、ファッション性、どれをとっても現在の耳かけ式より優れていると思うのです。第一、「目立たない」を目指すなんて、後ろ向きの発想じゃ無いですか。トシをとって耳が遠くなるなんて、全く当たり前の事なのですから。目的は違っても、若者と遜色ない格好いいヘッドフォンをつける生活、良くないですか?

 かつて(昭和40年代頃まで?)は、「女が眼鏡をかけるのは恥ずかしい」という風潮がありましたよね。「男は眼鏡をかけると三分上がり、女は眼鏡をかけると三分下がる」なんて言葉を覚えています。それが現在ではどうですか。似合う・似合わないこそあれ、眼鏡を恥ずかしいと思う人なんてどこにもいないでしょう?

 一日も早く、補聴器というものにもそういう地位を獲得して欲しい。

 「年寄り臭い」とか「かっこ悪い」とか「恥ずかしい」とか、そんな理由で補聴器を忌避して、

 ・人との交わりの機会が減ったり

 ・テレビの音が大きいと家族に嫌な顔をされたり

 ・相手の声が小さいと不機嫌になったり

そういう高齢者になるのは悲しいと思います。一日も早く「格好いい」補聴器が登場して、眼鏡と同じぐらい当たり前に高齢者が使用するようになる、そういう世の中になって欲しい。補聴器メーカーさんには頑張って頂きたいです。

 ヘッドフォン型に限らず、「こういう補聴器がいいな」というアイディアがありましたら、皆さんもどんどん発信していきましょうよ。耳が遠くなる未来は決して他人事では無いのですから。それこそ声を大にして、ね。では。 

追記 書き終わってから検索したところ、ヘッドフォン型の補聴器ってすでにあるんですね。物知らずでお恥ずかしい。でも、さらなる改良と普及を期待する意味で、このままアップしておくことにします。