昨夜放送の『プレバト』の俳句タイトル戦、その名も「炎帝戦」。素晴らしい俳句の数々、堪能致しました。本当に力作と言いますか名句揃いで、「芸能人って、ただの人じゃ無いんだなあ」と、いつも思うことを昨夜も改めて思ったのでした。
そして同じように毎回感心するのは、夏井いつき先生の俳句を「読む」力と、添削のセンスなのです。卓越していますね。また、その力とセンスを「言葉」で説明できる頭脳明晰さ、惚れ惚れとするのです。
が。昨夜に関しては、添削にちょっと異論があるのです。今日は私のその異論を、僭越ながら好き勝手に書いてみようと思います。勿論、皆さんの異論も認めます。
若夏やTシャツという戦闘服 梅沢富美男
若い頃、夏はTシャツしか着るものが無かった。なのでどこに行くにもTシャツ。Tシャツが戦闘服だった若い日をよんだ(梅沢)
夏井先生の評と添削
「~という」という言い方に難あり。「若夏」という沖縄の季語が「戦闘」に別の思いを抱かせる懸念も。一枚しかないTシャツで生きることと戦っていたという作者の意図なら
→ 若夏やTシャツ一枚の戦い
私の感想
添削句では、「Tシャツ一枚」というのは無防備とか無鉄砲の隠喩のように読めないか。一句の意味がぼやけてしまうような気がする。梅沢句どおり、「Tシャツという」とはっきり言い切って、それが若い日であったと明確に読ませた方がいいのではないか。
花栗や肌に張り付くツアーロゴ 北山宏光
花栗の匂いの中、ライブのリハーサル、本番。「汗」という言葉を使わず、ジメジメした感じを出したかった。実体験を詠んだ。(北山)
夏井先生の評と添削
「ツアーロゴ」でTシャツだと分かる。生々しい汗を表現するなら「ツアーロゴ」から。「は」の韻を生かし、「張り付く」でむっとする汗の感じ、「花栗」でムッと匂う感じ。それを「真昼」でダメ押しする。
→ ツアーロゴ張り付く花栗の真昼
私の感想
北山句は意味がハッキリとつかめる。添削句は、北山句があったからツアーロゴ=Tシャツと分かるが、この句だけでは無理があると思う。「ツアーロゴ貼り付くって、何が?どこに?」と混乱すると思う。北山句で過不足無しと思う。
夏の朝早く、寝不足で子供のおむつを替える。その時、大きなおなら。思わず笑ってしまい、元気に育っているなと思った。(藤本)
夏井先生の評と添削
親心に共感する。語順が惜しい。「おなら」からいって、俗に行くかと読み手に油断させる。そのまま連想させて、最後にささやかなどんでん返しで「ロンパース」が効いてくる。
→ おなら逞し夏暁のロンパース
私の感想
添削後は「ロンパース」そのものがクローズアップされすぎると思う。藤本句の方が、そのロンパースを着た赤ちゃんの姿まで見える気がする。番組中、フジモンが「でも、俺の方が良くない?」と言って笑いを誘っていたが、本気で添削に納得できなかったのではないかと思う。
以上が私の感想ですが、こんな風に素人なりに「私の」という視線を向けた方が、テレビもずっと楽しくなるのでは。
ただ情報を受け取るだけというのは無味乾燥では、という感想なのです。では。