おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

太宰治『女生徒』を読んで(大人の本気の感想文)

今週のお題「読書感想文」

 

 私が生徒だった頃。ざっと40数年前。40数年・・・、改めて驚きと言うより恐怖に近いような時の流れを実感します。そんな大昔でも、やっぱり夏休みの宿題と言えば「読書感想文」でした。

 最近はめっきり活字離れしてしまった私なのですが、その頃は本を読むのは好きでしたし、文章を書くことも苦にならない方だったので、「読書感想文」は得意でした。出来の良し悪しはともかく、全体を通して感じたこと、印象に残った場面、登場人物への共感や批判、そういったことを書き連ねていれば、自然と規定の枚数を満たすことが出来たので、「読書感想文」を苦手とする人達がやるような、「あらすじ」を延々と述べると言うようなことは必要ありませんでした。むしろ、「読書感想文」で「あらすじ」を書くのは邪道、不要な事だと思っていました。

 ですが今回、『女生徒』の感想文を書くにあたり、この作品が未読の方にも内容および成立の舞台裏を知って頂く必要があると思い、まず、作品の説明から始めることにしたいと思います。

 

 『女生徒』の初出は1939年(昭和14年)4月号の『文學界』。14歳の少女のある一日を、それこそ起きてから寝るまでを、丹念に描いたものである。が、その手法が一風変わっている。朝の目覚めの瞬間に始まって、何かをする度、何かが目にとまる度、少女の脳裏に浮かんでは消えていく様々な「思い」が、全編、彼女の「脳内独り言」という体で語られる。劇などで行われる、いわゆる「独白」ではない。独白ならば観客や読者に語りかけるが、少女は誰に語りかけるのでもなく、ただ、「心に移りゆくよしなしごと」を移りゆくままに独りごちる。小説の手法としては、「意識の流れ」と呼ばれる表現方法に該当すると思われる。

 さて。

 その少女の「思い」だが、これが凄い。思春期の少女の揺れ動く思いが実に的確に表現されていて、30歳の男性である太宰治はなぜかくも詳細に少女の胸の内を描き出すことが出来たのか、驚かずにはいられない。

 実は、この作品の成立には面白い「裏」がある。

 『女生徒』が発表される前年、太宰のファンである有明淑(しず)という19歳の女性が、自身の日記を太宰のもとに送付した。その日記はおよそ三ヶ月間にわたるものであったが、太宰は一日の出来事という形にまとめあげた。それが『女生徒』である。もちろん、太宰のオリジナルの部分もあるが、彼女の日記からそのままとられたり、また一部を変えて用いている箇所もある。有明淑氏は太宰から掲載誌と単行本を贈られ、感激したそうである。

 

 これから私の感想を述べて行きたいと思います。いくつかの章に分けることにします。

「思春期の少女」とは

 思春期の少女というものを一言で表すならば、アンビバレンスー相反する二つの面を持つーということになると思います。自分を満更でも無いと思ったかと思うと、何の取り柄も無いちっぽけな存在と思ったり。人の輪の中に入りたいと思う反面孤独に憧れたり。そして、最も特徴的なのは、「女の子」から「女」になることに対する憧れと嫌悪。その結果、少女は情緒不安定で、頭でっかちなうぬぼれ屋さんと自己否定の泣き虫さんとの間を行ったり来たりすることになるのです。でもそれは少女に限ったことではないのでしょう。少年だって「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」に苦しんだりするのでしょう。それは誰もが一度は経験する、「痛み」のようなものだと思うのです。40数年たっても忘れられないような種類の。ましてや太宰治です。

「選ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」は、太宰の『葉』という作品の冒頭として有名ですが、まさにアンビバレンスだと感じます。『女生徒』という作品は14歳の一人の少女の思いであり、かつて或いは今現在少年・少女であるあなたや私の思いであり、そして何よりも太宰治という作家自身の姿だと思うのです。

 

中二病太宰治

 ネットスラングの「中二病」という言葉の元々の意味は、今現在のものとは違って、多分に自虐的なものだったそうです。1990年代末に伊集院光氏のラジオ番組から生まれた造語とされています。

 例えば、「大人は汚い」とか「因数分解が何の役に立つのか」といった、思春期にありがちな、反抗的で背伸びした言動が「中二病」の症状とされています。「太宰治が好き」というのも症例のひとつかもしれません。

 奇しくも、『女生徒』の主人公は14歳。いえ、「奇しくも」ではないのでしょう。太宰治という作家は、14歳という年頃がどれほど危うく不安定で苦しいものかを熟知していたのだと思います。と同時に、一般的にはそれは一過性のものであり、やがて自然治癒を迎えた後、人は何事も無かったような悟ったような顔で生きていくと言うことも分かっていました。ただし、自分はそうではない。自分の「病」は不治だと言うこともまた、分かっていたのだと思います。永遠の中二病太宰治を作家・太宰治たらしめ、そして今も若い人達に読まれ続ける所以だろうと思うのです。(続く)     

                                  

  ※今回はダジャレは無しです。ダジャレファンの方、ごめんなさいね。