最近なぜか急にジョン万次郎が気になり、津本陽著『椿と花水木(上・下)』という、万次郎の生涯を書いた小説を市立図書館から借り、今日、読み終わりました。そして、これは取り急ぎ読者の皆さんにお知らせしたいと思うことがあり、こうして書くことにしました。
どうということも無い内容です。「だからどうした」と言われれば返す言葉も無いのですが、でも、私のブログの読者の皆さんなら、きっと面白いと思って下さると思います。
下巻も残り数ページとなり、いよいよジョン万次郎の晩年の姿が淡々と描かれるばかりとなりました。ジョン万次郎はアメリカで身につけたキリスト教的「隣人愛」の故か、或いは自分自身の境遇を顧みる故か、不幸な境遇にある人々に常に暖かい手を差し伸べていたのだそうです。当時は、高位にある者が乞食に声をかけるなど考えられない事でしたが、万次郎は意に介しませんでした。体面にかかわると諫められても止めようとはしませんでした。
そういった逸話の中に、「当時貧窮していた画家の高橋由一(ゆいち)に援助した」という一文があったのです。
えっ、高橋由一ってあれでしょ?あの鮭の。えっ、えっ、高橋由一とジョン万次郎って同時代人だったの!
高橋由一『鮭』
確かに高橋由一は日本最初の洋画家と言われる人で、昔の人に違いありません。ですが、誰もが一度は目にしたことがあるだろう上の絵があんまり近代的で、江戸時代末期に生まれた元武士だなんて、思いもしませんでした。ちなみに生年は、ジョン万次郎1827年、高橋由一1828年です。
高橋由一は、絵はほとんど独学に等しく、本格的に油彩を学んだのは40才に近い頃だったそうです。それにしても、この鮭、本当に美味しそうだと思いませんか。切り身を焼いて食べたらさぞ美味かろう、この絵を見た人は絶対にそう思ったはずです。
この絵についてWikipediaに、「西洋の模倣ではない文字通り日本人の油絵になっている」という評があります。私は技術的な事は分かりませんが、「美味そう」という点で、実に日本人らしい「鮭」の絵だと思うのです。
以上、書きたかったのはこれだけなのですが、くだらない「思いつき」もついでに付け加えさせて下さい。
外洋を漂流し、命がけで故郷に帰り着いたジョン万次郎。その万次郎が援助した画家の代表作が「鮭」。面白い偶然と私が思うのも、サーモンありなん、でしょう?では。