おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

植物に癒やされる自分に癒やされる

 「ブログの更新がありませんが、お元気ですか」というご心配を頂きました。

 

 元気は元気なのですが、社会情勢上かなり気分が沈みがちで、加えて外出・交際も自粛中なのでブログネタにも困っているのです。

 時々は面白いジョーク(自分比)も思いつくのですが、私の「面白い」はどうしても不謹方向に傾きがちで、平時ならいいけれどこんな情勢では慎むべきかなあと思えて、そちらも自粛中なのです。

 

 さて。

 以前にも度々書いたのですが、我が家には庭というものがなく、家の周囲に沿ってわずかばかりの雑草が顔を出し、それを「草引き」と称して退治するのが私のちょっとした楽しみになっていました。今年の弘前は春の訪れが早く、例年であればまだまだ雑草の季節ではないのですが、4月に入って2回ほど「草引き」をしました。

 本来であれば、草取り・草引きは雑草を根こそぎ退治してこそ効果があるのでしょうが、そう出来ないのですよ。なぜかというと、雪国の人間の心性として、早春の花にはどうしても心を寄せがちになってしまうからなのです。寒さと深い雪に耐え、健気にたくましく咲く小さな花々。なんだか可愛くて、「もうちょっとこのままでいいかな」と残してしまうのです。特に、今年はコロナ禍で心が過敏になっているせいか、そういう思いがひとしおなのです。

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 写真の白い花を咲かせているのは、調べたところ、「ミチタネツケバナ」という帰化植物でした。今までも咲いていたのかもしれませんが、私が意識したのは今年が初めてです。可愛い小花の真ん中から芯のようなものがニュッと伸びる独特の形状をしています。雌しべ?雌しべが異様に長いの? そう思ったのは勘違いで、「種」なのだそうです。それでついた名前がタネツケバナなのでしょうね。

 それから気をつけてみていますと、道端からヨソの敷地まで、あちらこちらでみかけます。帰化植物の勢力を広げる様は凄いものです。ちょっとウイルスと似ていますね。阻止するもの(抗体)がないと、あっという間に広がってしまう・・・。つくづく、人間の存在は、自然の中の小さな営みの一つに過ぎないと思わされます。

 

 ああ、何か明るいことを書こうと思った久しぶりのブログなのですが、結局「コロナ」の話題に行き着いてしまいました。

 でも、タイトルに書きましたように、小さな花一つにも慰めを見いだすことが出来るのが人間というものです。そして、自分にはそういう「生きる力」があるのだと思うことによって、元気も湧いてくる気がしています。

 今、世界中の優秀な頭脳が未知のコロナウイルスとの戦いに挑んでいます。一日も早いワクチンや治療薬が開発されますよう、ミチタネツケバナをみながら、学問の神様・菅原ミチタネ様に祈っています。では。