おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

バイエ=マクニールさん、「明らか」ではないですよ

 偶然目にした ↓ こちらの記事。

人を「ハーフ」と呼ぶ人が無邪気にしている差別 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 日本在住のバイエ=マクニールさんというコラムニストの方が執筆された記事です。内容については、「ふ~ん」という感じなのですが、ちょっと異論を唱えたいというか、昭和40年代の日本の記憶がしっかりとあり、かつ、それ以前の日本社会についても聞きかじりの記憶のある者として、これは書いておきたいと思うところがあったのです。

 

 『例えば、「ハーフ」という言葉を例にとろう。差別の意図はなく、無邪気に使われる場合が多いが、その言葉そのものは一部の日本人を「普通の」日本人と区別したいという思いから生まれたのは明らかだ。彼らの「異常さ」がその日本語には埋め込まれている。』

 

 氏の文章から引用したこの部分なのですが、「ハーフ」という言葉に対する認識が間違っているように思われます。

 まず、私の「聞きかじり」の記憶の部分なんですが、戦後、あちらこちらに誕生した日本人と、白人または黒人との間の子供たち。彼ら彼女らは「混血児」と呼ばれ、その呼称には多分に侮蔑的な意味合いがあったようです。そして、「混血児」という言葉以上に差別的な意味合いで使われていたのは「あいの子」という言葉であり、勿論、混血という意味のある言葉でした。

 次に、私のはっきりとした記憶なのですが、昭和40年代、テレビに引っ張りだこだった『ゴールデン・ハーフ』というガールズ・グループがいました。特に、メンバーの一人、コミカルでチャーミングなエバちゃんの人気は絶大で、『8時だヨ!全員集合』での荒井注氏との掛け合いは絶妙でした。懐かしいですね。

 

 さてさて。

 ここで二つのことを問いかけたいと思います。

 一つ目。もしも「ハーフ」が差別的な意図という異常さをもって生まれた言葉だとしたら、当時、それをわざわざこれから売り出そうとするグループの名前にするでしょうか。

 二つ目。バイエ=マクニールさんは「ハーフ」のかわりに、「ミックス」という言葉をお使いです。日本語に訳せば「混じり」、つまり「混血」です。日本のおよそ70歳以上の方の中には、

 「昔は混血児、あいの子と馬鹿にされた。今度はミックスか」と思う方もいるかもしれません。言葉の問題は、氏が思っている以上に複雑なのではないでしょうか。

 

 以上、私の書いたことは、自分の経験・記憶という狭く脆い土台のうえに立っていることなので、氏のように「明らかだ」と力強く言い切ることはできないのです。が、「果たしてそうなのか?」という疑問というか異議が生まれ、それはどうしても書いておきたいと思ったのです。

 だって、せっかくブログをやっているのですもの。ダジャレを発信したいという熱い思いと、言いたいことを言いたいという強い思いが、私のブログではハーフ・ハーフなのですから。では。