昨日、同僚と交わした会話です。
K氏 「今週末は3連休ですね」
私 「15、16、17だよね。うん?
じゅうご、じゅうろく、じゅうしちと~♪ 知ってる?」
K氏 「いえ、あっ、わかる!藤圭子!」
私 「正解。圭子の夢は夜ひらく」
W氏 「私、わからないです」
私 「あれ、ほら、宇多田ヒカルのお母さん」
W氏 「ああ、分かりました」
問題 この三人を年齢の高い順に並べなさい(問題になってない?)
「社会が豊かであればあるほど、人が子供でいられる期間は長くなる」と、昔読んだことがあります。貧しい社会では子供も重要な労働力ですものね。
『ケイコの夢は夜開く』は昭和45年のヒット曲。じゅうしちと~♪のあとは、「アタシの人生、暗かった~」と続きます。昭和40年代は、15歳、つまり中学校を卒業したら、もう大人。「女」としての人生がスタートしたり、男子は就職して「金の卵」と持て囃されたりもしました。厳しいものがありますね。と、同時に、そうか、人って、15歳で働くことも出来るんだ!という事実に改めて気づかされます。
その後、日本はどんどん豊かになり、日本の子供の人生コースも大きく変わりました。
現在の100パーセント近い高校進学率。私は長い間、「教育を受けるのは幸せなこと」「進学率が高まるのは善」と思っていました。でも。最近はちょっと考えが変わってきたんですよね。高等学校の教育内容に、子供全員がついていけるの?学校の勉強より、働く方が性に合っている子だっているんじゃないの?つまり、「早く大人になりたい」と望む子を、むりやり「子供でいさせようとする」ことが間違っているような気がしてきているんです。例えば、16か17で結婚して子供を産む。それもいいかも、と思ったり。でも、自分の娘だったら反対しますけど。
「これから先の人生、何が正解かはわからない。だからこそ、たくさん勉強して、いろんなことを吸収して、少なくとも、男に頼らなくても生きていけるようになりなさい」って。
「圭子の夢は夜ひらく」の一番の歌詞には、「赤く咲くのはケシの花、白く咲くのは百合の花」とあります。それぞれに、それぞれの咲き方があります。
おばちゃんはね、若い人には、それぞれの個性に合った、個性を生かした人生を送って欲しい、そして幸せに生きて欲しいと願っているんですよ。
今日のこの記事は、真夜中に書いています。そう、私の今日の語り、私の夢も夜ひらいたのでした。
夢のような、ヴェネツィアの夜景と三日月 撮影は息子その2