おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

亀卜って、やってるんだ

 先の天皇陛下が退位され、『上皇』となられたわけです。自分が生きて『上皇』という存在を目にすることがあろうとは。紛れもなく、今、自分も「歴史」の一点に存在するのだと感慨深く思ったりするわけです。

 

 そして、5月13日。大嘗祭に使用するお米の産地が『亀卜』によって決定したとのニュースがありました。

 亀卜(きぼく)とは、亀の甲羅を火で熱して、生じたひび割れによって判断が行われる、占いの一種です。30年以上も前の事で、学校で習ったのか本で読んだのか、出所は定かではないのですが、私はこの『亀卜』について、豆知識を持っているのです。

 まず、卜(音読みはホクまたはボク、訓読みはウラナイ)という字の「かたち」ですが、これは甲羅に出来た「ひび割れ」の形からきているのだそうです。そして、音の「ボク」ですが、こちらは甲羅が割れるときの「ボクッ」という音からなのだそうです。

 亀卜の起源は遠く古代中国に遡ります。それが、21世紀の今日でも行われていることに驚くと同時に、やっぱり歴史というものを強く認識させられたのでした。

 世界史であれ日本史であれ、私たちはそれらを「過去」として学ぶわけですが、今この一瞬もやがては歴史の一コマとなるわけで、「平和な時代」として後生に語られて欲しいものです。

 

 話は変わりますが、しかも、私世代以上の方しかおわかりにならないとは思うのですが、『左 卜全(ひだり ぼくぜん)』って懐かしい名前でしょう?『老人と子どものポルカ』って、流行りましたよね。

 やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれ、ゲバゲバ(ゲバルトの事ですね)

 やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれ、ストスト(ストライキの事ですね)

 やめてけれ、やめてけれ、やめてけーれ、ジコジコ(交通事故の事ですね)

 もし、今、やめてけーれ、の後に付けるとしたら?テロテロ?核核?

 日本が日本国内の問題に頭を悩ませていた時代は終わり、世界レベルの問題が山積し、あちらこちらで不穏な気配が漂う現在。「きな臭い」のは、亀の甲羅が焼けるときぐらいであって欲しいものです。では。 

 

植物の生命力に驚かされた話 その2

 まず、4月13日に撮影した写真をご覧下さい。 

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 2本のドラセナを花瓶で「育てて」います。手前が3年前に100円で買ったもの。右奥の細長く伸びているのは、小さな花束に入っていたもので、1年ぐらいになると思います。育てている、と書きましたが、気がついたら根が出ていたのでそのまま花瓶に挿して、時々水を足しているだけ。枯れないので、惰性でなんとなく置いているだけと言った方が正確です。

 毎日、漫然と眺めていたのですが、この日、発見!「蕾」がついてる!

 こんなに育つまで気がつきませんでした。いかにテキトーかお分かり頂けるかと思います。ところが、現金なもので、「蕾」を発見した途端に可愛くて可愛くて。水を足そうか、新鮮な水に全部換えようか、いやいや環境が急に変わるのは良くないからこのままの方が。迷いましたが、このまま見守ることにしました。

 ところが。咲かない。全然、咲く気配がない。毎朝楽しみに熱い視線を送るのに、蕾が膨らむことも無く、変化無し。それどころか、下の方の蕾はパラパラと枯れて落ちてしまって。

 そして、諦めかけ、何の気なしに視線をおくった先に、

 

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 5月12日、ついに咲いたのです。アップをご覧下さい。

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 可愛いじゃありませんか。美しいじゃありませんか。たった一日だけの儚い花の命です。

 咲いた後はどうしたらいいんだろう、ネットで調べました。そして知った衝撃の事実。

 ドラセナの類は花を咲かせにくく、「これ以上は成長できない、もはやこれまで」と思ったときに、咲く場合もある

 しかも、これは「土」に植えられ、きちんと手入れされたドラセナについての記述であり、ましてや私の、ただ水にツッコまれただけのドラセナに至っては、推して知るべしでしょう。

 私のドラセナはこれからも生き続けるのか、それとも、最期の力を振り絞って子孫を残そうと花を咲かせたのか。いずれにしろ、植物の生命力には本当に驚かされるのでした。

 

 土壌を使用せず、栄養分と水だけで植物を育てることを「水栽培」「水耕栽培」と言いますが、私のは栄養分は与えず、100%水道水のみの栽培法です。ドラセナに申し訳ない気もするのですが、きっと「そんな水くさいこと」と、許してくれると思います。

 なぜなら、かんよう(寛容)植物だから。(これはちょっと上手い!)では。

蔦沼写真館 2(雪形)

 何かが何かに見える事ってありますよね。壁のシミが人の顔に見えたり、天井の節や木目が妖怪に見えたり。「心の目」で見ていると言えるでしょう。恐いと思えば恐いものが見え、無邪気な心は無邪気な空想に遊ぶ・・・

 

 雪形(ゆきがた)って、ご存知ですか?

 雪解けの時期、高い山にはまだ所々に雪が残っています。この時、斜面に残っている模様を雪形と言います。昔は、雪形は農作業等の暦として利用される、生活に根ざした文化でした。「種まきうさぎ」や「豆まき小僧」などといった名称にそのことが見て取れます。が、昭和に入ってからは、見たままを楽しむ「ニュー雪形」が流行してきたそうです。雪形の研究者の間では、これらの新しい雪形と、古来からの文化である雪形とは区別されているのだそうです。

 雪形には「ポジ型」と「ネガ型」とがあります。「ポジ型」とは、山肌に消え残っている残雪の形で、白い色が形を描きます。「ネガ型」とは、白い残雪の中で、雪の解けた部分が黒く浮き上がっている形です。

 それでは、私が見つけた「ニュー雪形」を二つ、「素直な心」でお楽しみ下さい。

 

↓ ネガ型の雪形 タイトル「水に落ちた恐竜の子どもを襲うサメ」

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 ※前足で必死に水を掻く恐竜の胸元に、サメが食らいつこうとしています。

 

↓ ポジ型の雪形 タイトル「アフラック

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※蝶ネクタイをつけたアヒルが羽を広げたように見えませんか?見えますよね。見えるはずです。素直な心があれば!

 

 さて、森の中でも「見える」発見がありました。こちらです。

 タイトルは、「呪いによって木の中に閉じ込められたひと」 

 

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蔦沼写真館 1

 弘前から蔦温泉まで貸し切りバスで向かいました。途中の山と、見え隠れする渓流の眺めが素晴らしくて、心洗われる思いでした。

 若葉が出始めた山の色合いは、明るい黄緑、オレンジ色、濃い緑と様々で、そこにさらに山桜の霞のような淡いピンクが彩りを加えます。渓流は雪解け水で増水して勢いよく流れ下り、のどかな山の風景と好対照をなすのです。ああ美しきかな、日本の春って感じで、私が家にこもっている間に、自然は確実に時を刻んでいるのだと、何だか胸を衝かれるものがありました。

 では、蔦沼周辺の美しい自然を写真でお楽しみ下さい。

 

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「長沼」です。奥に見える山は「赤倉岳」です。

 

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ブナに絡みつく「ヤマブドウ」のつる。からまる、からまる、縦横無尽。

 

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「スミレサイシン」。細心の注意を払って撮ったつもりが、ボケてます。

 

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 「オトメエンゴサク」。微妙な色のバリエーションがみられました。昔、生物の授業で習った「遺伝の法則」をちょっと思い出しました。でも、あやふや。どなたか援護策を。

 

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「キクザキイチリンソウ」の青花と白花です。そして、上手く写真が撮れなかったのですが、青みがかった白い花びらの個体も少数みられ、やっぱり「遺伝の法則」をちょっと思ったのでした。

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エンレイソウ」と「キクザキイチリンソウ」。ガイドさんのお話では、エンレイソウは漢字で「延齢草」と書くので、年配の方に人気なのだとか。漢字の国ならではの楽しみ方ですね。

 

 山に入って山野草の花を目にすると、珍しさと可憐さに、うれしさがこみ上げてきます。特に今回のようにガイドさんがいて花の名前を教えて頂けると、一層のうれしさ、面白さです。一人では絶対に目につかないような、小さな地味な花も、名前を教えて頂いてじっくり見ますと、しみじみとした美しさがあるんですね。自然って凄いな、素晴らしいな。見るものすべてに心を打たれます。

 ところが、一時間、二時間。

 延々続くブナ林。

 群生に歓声をあげたオトメエンゴサクやキクザキイチリンソウも、気がつけばあちらこちらに。

 一株をじっくりみれば、その気品あふれる姿に感じ入ること間違いなしのエンレイソウも、こうあちらこちらに咲いていては・・・。

 飽きるということではないんです。でも、だんだん最初の頃のような感激は薄れて・・・。結論は、「有り難み」が無くなるという事なんだと思います。そのものの持つ美しさは変わらないのに、「珍しいもの」から「ありふれたもの」へと格下げされてしまうのだと思います。「希少価値」というものに人が群がるのも、もっともなことだと改めて思いました。

 最後の写真は、その「希少価値」があるものです。

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 「長沼」のへりに、一カ所だけ赤い何かが落ちている場所がありました。沼に落ちないよう、一歩一歩近づいたところ、 ↓ ズームします

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 真っ赤なキノコでした。ガイドさんによると、「チャワンタケ」の一種だろうということでした。珍しいものではないのでしょうが、今回はここ一カ所だけで見られました。

    「このキノコはこんなに水がたっぷりの場所を好むんですか?」

 ガイド氏「そうではなくて、今は特別に水の多いときだから、たまたま生えていた場所にまで水がきたんでしょう」

 

 ああ、なるほど。自然の変化は思いもつかないほどダイナミックで、そして生物はそれに圧倒されること無く、自在に順応して生き抜くと。

「希少価値」などに重きを置く人間なぞ、自然の鼻息一つで吹き飛ばされて欠けてしまう、チャワン程度の存在なのだろうと思わされたのでした。続く。

 

根開け(ねあけ)・芽鱗(がりん)

 青森県には有名な温泉が数多くあるのですが、それらの多くが「秘湯」と呼ばれたりしています。その中に「蔦(つた)温泉」というところがありまして、なかなかの人気のようです。その蔦温泉から少し山に入りますと、大小の沼が点在し、ハイキングコースとして整備されています。そのコースは、普段、運動など無縁のおばさんでも気軽に安全に、そして自然を十二分に満喫できる素晴らしさなのです。でも、そうは言ってもやっぱり山ですから、一人で行くのはちょっと心配。ということで、「蔦沼めぐりツアー」というのに参加して来ました。

 今回の記事では、せっかく覚えた言葉を忘れないうちに、書いておきたいと思います。

 酸ヶ湯(すかゆ、と読みます。ここも有名な温泉です)を過ぎて、蔦温泉に向かう道の両側には、うっとりするような「ブナ林」が続きます。

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 青森県で「ブナ林」と言えば世界遺産白神山地が有名です。白神山地のブナ林が原生林であるのに対して、こちらのブナ林は「二次林」というものなのだそうです。 

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 残雪の中に立つブナの根元には、ぽっかりと深い穴が開いています。これを「根開け」というそうです。名称はガイドさんから教えて頂いて、今回初めて知りました。存在自体は知っており、植物の出す熱で雪が解けるのだろうと思い込んでいました。帰って来てググりましたら、そうではないのだそうです。太陽光を吸収する木の幹は反射する雪よりも暖まり、その熱による、とか、幹を伝わった雨水が雪を溶かす等々。理由はいくつか考えられるそうですが、枯れ木の周りでもみられる現象なのだそうで、植物自体の熱によるものではないとのこと。思い込みって、あるものですね。

 

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 残っている雪が、人里離れているにもかかわらず、汚いんですね。車窓から眺めて、なんで雪の上に茶色く泥があるんだろう、と不思議に思っていました。

 これもガイドさんの説明で分かったのですが、茶色いものは、もちろん枯れ葉や泥などの「ゴミ」もありますが、多くは「芽鱗(がりん)」というものだったのです。

 芽鱗の一番分かりやすい例として、ネコヤナギを思い浮かべて下さい。ネコヤナギの固い芽は茶色い帽子をかぶっていますよね。そして、春になるとあの帽子を脱いで、銀色の芽を出します。ブナも同じなのだそうです。そして、その帽子を一般的に「芽鱗」といい、ブナの木の根元には、それはそれは沢山の芽鱗が、茶色い汚れのように落ちていたのです。

 私の目からも鱗、そしてその圧倒的な量に脱帽なのでした。続く。

 

植物の生命力に驚かされた話

 弘前市立図書館の裏手に、「旧弘前図書館」という洋館が保存されていて、見学することが出来ます。

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 全体も素敵なんですが、洋風建築って、細部のこだわりがまたグッとくるんですよね。

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 ドーム型の屋根のてっぺんの飾り、これがあるのと無いのとでは、大きく印象が変わりますね。

 

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 基礎部分の換気口に取り付けられた鉄のカバーが、デザイン性が高くて、なんだか秘密結社の印のようです。そして、写真を撮ろうとして気がついたのですが、四角く囲んだ部分に注目です。

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 「木」です。松ですかね?こういう場所に「草」が生えているのは珍しいことではありませんが、「木」が生えているのは初めてみました。
 「木」って、こんな小さいときからやっぱり「木」なんですね。植物の生命力は凄いです。

 

 図書館(ライブラリー)に、ブラリーと立ち寄ったら「きになる」発見があったという報告でした。では。

 

桜蘂(さくらしべ)の弘前公園

 昨日、所用で外出したついでに弘前公園(お城)まで足を伸ばしました。

 一昨日も昨日も、弘前はちょっと恐いぐらいの強風が吹きました。お城の桜は、ソメイヨシノや枝垂れ桜は勿論、比較的遅咲きの品種も、もう残ってはいないだろうと思っていました。かわりに、若葉のいや増す勢いを楽しむつもりで向かったのでした。

 

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 東門です。お堀が濃いピンクに染まっていました。「花筏」はとうに終わっているはずなのに・・・。近づいてみますと、花筏ならぬ「桜蘂(さくらしべ)筏」なのでした。

 俳句に、「桜蘂ふる」という季語があります。桜が散ったあと、萼(がく)についている蘂や茎が降るように散ることをいい、地面をうっすらと赤く染めるさまは、花時が終わったあとのいかにも晩春という風情があります。

 

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 お城の中で撮った、これはちょっと「奇跡の一枚」です。雀は警戒心が強いうえに、私はカメラを構えてからシャッターを押すまで、すごーく時間がかかるので、こんな風に撮れるなんて、パンを置いた人に感謝です(ホントはダメなんでしょうけど)。

 雀の周りの地面に、ピンクに散っているものが桜蘂です。

 

 冒頭に「桜はもう残っていないだろうと思っていた」と書きましたが、私の予想は完全に裏切られました。お城のあちらこちらで、遅咲きの桜が今を盛りと咲き誇っていたのでした。

 

 品種名「関山(かんざん)」

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 満開の桜の下で、元「津軽美人」達が健康体操をしていました。まるで、桜の精のようでした(ウソです、ゴメンナサイ)

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 品種名「鬱金(うこん)」

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 緑がかったクリーム色の花びらが品格を漂わせ、そこに加わる濃い紅の色が、なまめかしい。見れば見るほど、うっとりさせられる桜です。

 

 品種名「普賢象(ふげんぞう)」

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 ポンポン菊とかポンポンダリアなどのように「ポンポン桜」と名付けたい可愛らしさでした。写真が下手で残念です。

 

 これらの他にもあちらこちらに満開の桜があり、共通しているのは八重咲きだということです。なので、本数は少なくても豪華さは堪能できます。そして、それらに立ち交じった、盛りを過ぎた「枝垂れ桜」が風情があるんですね。

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 打ち上げ花火が大輪の花を咲かせた後、パラパラと落ちてくる、そんな風に見える「名残の桜」です。4月21日の記事にも引用しましたが、改めて兼好法師の「花は盛りに・・・」の一節を思い浮かべました。

 

 また、4月29日の記事には「ハートに夢中♡な人々」というタイトルの写真をのせたのですが、その場所が今はどうなっているかと思い、行ってみました。

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 新緑のハートの下、桜祭りの後片付けが進行中でした。GWは終わったんだね・・・。

 ということで、まだまだ桜の見頃が続く弘前公園のレポートでした。

 皆さん、勉強やお仕事、ほどほどに頑張って下さい。五月病にならないよう、心(ハ-ト)の健康に留意して下さいね。では。