おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

「小さな村の物語イタリア」をみて思うこと 2

 昨日の続きを書きます。

 「小さな村の・・・」をみて、いつも思うことが二つありまして。昨日は、その内の一つ、「住」について書きました。

 

 今日は二つ目。

 「男の人が良くしゃべる」ことについて書きます。イタリア人の男性は、老いも若きも良くしゃべるなあ、というのが番組を観ての感想です。もちろん、テレビのインタビューを受けているという特殊な状況はありますが、それを差し引いても良く喋る。なぜなら彼等には、「お喋りの場」があるから。一日の始まりから仕事終わりまで、一日に何回も「バール」に行っては、砂糖たっぷりのエスプレッソ片手にお喋り。誰と?「バール」に行けば、何時でも誰か顔なじみがいるという寸法。珍しく誰もいない時は、お店のご主人や従業員が話し相手。

 町の通りの一角や公園には、いつもの「たまり場」もあったりします。そこには「おじいさん」や「おじいさん予備軍」が集まって、やっぱりお喋り。皆、古くからの顔なじみで、思い出話やお互いの家族の話など、きっと毎日同じような話なのでしょうけれど、飽きることなく、和気藹々と過ごしているようです。

 また、仕事場や農場にたまり場のような場所があって、そこで男ばかりのお茶会(お酒も)があったりもします。とにかく、一人好きな日本のおじさん方と違って、イタリア男性は集まってお喋りするのが大好きみたいなんですね。

 

 さらに。特筆すべきは、奥さんと並んでインタビューを受けるシーン。高齢の旦那さんが二人のなれそめや妻への感謝を語り、その横で、同じく高齢の奥さんがニコニコと夫の語りを聞いている。ある日の放送では、奥さんの、こんな夫評がありました。

 「この人は、いつもこんな面白いことばかりを言って、私を笑わせるの」

 信じられます?旦那さんがいろいろ喋る横で、奥さんは黙って静かに座っている光景・・・。もちろん、お喋りな奥さんだっていますよ。女性ですもの。それにしても、かなりの確率でイタリア人男性はお喋り好きなようなんです。

 しばらく前の日本では、「自分、不器用なんで・・・」って感じの、寡黙な男性を良しとする風潮がありましたけれど、今の若い方はどうなんでしょうね。もう年をとってしまって、いまさら方向転換は無理な場合はともかく、可能な方は、「喋る」という訓練をしてみるのもいいんじゃないかと思うんです。なぜなら、イタリアの老夫婦の仲睦まじさ、お互いを大事に思い合う姿、あれを成立させている要因の一つは、「男性の、面白い・妻への褒め言葉混じりの、おしゃべり」にあると思うからです。

 奥さんと仲良く暮らしたいとお望みの方は、是非「おしゃべり」のケンサンを積んでみては、という提案でした。

 

 えっ、トライしてみたものの、「面白く」なれない場合ですか?その場合はやはり「寡黙」の方がいいでしょうね。つまらないおしゃべりを延々と聞かされる苦痛は、男性はよくご存知でしょう?ねっ。

 

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 ヴェネツィアの「バール」。バールでは、カウンターで立ったまま飲み食いするのと、テーブルに座るのとでは、料金が全然違うのです。もちろん、地元民は立ったままで。観光客は足を休めるためと、トイレを使わせて貰うお礼の意味で、テーブルを利用することが多いかも。

 

「小さな村の物語イタリア」をみて思うこと

 BS日テレで放映されている「小さな村の物語イタリア」を良くみています。

映像も綺麗だし、三上博史さんのナレーションもいいですね。そして、いつもみる度に日本との違いについて考えさせられる事が二つあるんです。

 

 一つ目は、「住」空間の違い。まず、家そのものが違います。あちらは、基本的に石で出来た家屋なので、重厚感というか、どっしりと落ち着いた構えです。さらに、家具やキッチンも無垢っぽい木材を使っていて、なんというか、安っぽくないんですよ。登場するお宅は、どちらかというと庶民的な場合が多く、決して、豪華というんではないんです。う~ん、長く使えそうと言うか、時を経るほどに味が出るといった雰囲気と言えば、伝わりますでしょうか。

 さらに、登場するほとんどのお宅の室内が、綺麗に整えられていることにも驚かされます。大家族も、核家族も、一人暮らしのおじいさんのお宅も、どの家もスッキリと片付いていて無駄なものがないの。「テレビが来るから片付けた」というのではなく、無駄なものがないから散らからないし、必要なものは当然、そのあるべき場所におさまっているという感じ。家の整理整頓は、「片付ける」ではなく、「整える」で終わり。そんな暮らしが見えるような、「イタリアの村人」の生活ぶりなんです。

 番組をみていてしばしば登場するセリフに、「この家は、元は家畜小屋だったんだ」とか、「祖父母の家を自分でリフォームしたんだ」という類のものがあります。日本では「家」を手に入れる場合、一戸建てであれ、マンションであれ、「新築」を良しとしますよね。当然イタリアと日本の住宅の耐用年数の違いがありますから、どちらがいいとか悪いとかの問題ではありません。ただ、建築費用に限定して考えた場合、家畜小屋や古い家をリフォームする方が、きっと安上がりなんではないでしょうか。おまけに、自分でリフォームをするとなれば、さらに費用は安く済むわけで、ああいう家に住めるのも納得なのです。

 さらに、セルフ・リフォームの利点は費用の他にもあって、リフォームの作業自体が「楽しみ」になり、家族の会話ははずみ、完成の暁には人を招きたくもなろうというもの。万が一、暮らし始めたあとに、ここが不便だとか物足りないというところが有れば、また自分で直すことも出来るわけで、ますます愛着のある家となっていくことでしょう。

 イタリアの「住」について、書き始めたら思ったより長くなってしまいました。読者の皆さんも、もうじゅうぶんですかね?「考えさせられること」の二つ目は次回にしたいと思います。では。

 

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 イタリアを訪れた際、日本との違いで一番驚いたのは、「松」かも。写真中景に写っているのは、「イタリアカサマツ」という「松」の木。日本の「松」とは全然違う姿。この「カサマツ」の存在がイタリアらしさを際立たせています。

 撮影者は息子その2。「カサマツ」に「傘」を取り合わせるなんて、すてき。「出来杉君」ならぬ、我が家の「出来松君」です。

くりよりうまい十三里って、聞いたことありますか?

 「くりよりうまい十三里」の「十三里」とは、「サツマイモ」のことです。

 九里+四里=十三里というダジャレから、「栗」「より」うまいもの=十三里(サツマイモ)、とこじつけたのだそう。う~ん、栗とサツマイモ。私の軍配は「栗」に上がりますね。特に「お菓子」に関しては、サツマイモのお菓子もいいですが、栗を使ったお菓子のヴァリエーションの豊富さは圧倒的ですね。というわけで、今日のテーマは「栗」です。

 

chokoreitodaisuki.hatenablog.com

 こちらの記事で、森永エンゼルパイ「期間限定・和栗」を紹介しました。これを職場で何人かに配ったところ、大好評。特に「チョコパイ派です」と言ってたアラサーからは、「ちょっとエンゼルパイを勘違いしてました。今度からエンゼルパイ派」ですという悔い改めの言葉を聞くことが出来ました。森永さん、増産体制に入ったほうがいいですよ。私のブログから、火がつくかも。

  さて。

 青森県には「三内丸山遺跡」という、縄文時代を代表する遺跡があります。縄文時代に建っていたであろう、「掘立柱建物」という、立派なんだか、みすぼらしいんだか良く分からないネーミングの建造物も再現されています。

 縄文時代と言えば、「狩猟採集」の時代と思われていましたが、この三内丸山においては、「栗」が栽培され、重要な食物となっていたことも判明しています。この、「栗」が主食のような地位にあるというのは、どうもピンとこないというか、納得がいかない感じがしませんか。「栗」はせいぜい、おやつでしょ。

 ところが、先週の土曜日、BS日テレの「小さな村の物語イタリア」を観ていましたら、「この村では昔は栗が食事代わりで、あの建物は、以前は栗の乾燥小屋だったんですよ」というくだりがあったんです。

 そうなんだ!栗を主食のように食べるというのは、時間や地域を超えてしばしばあることなんだ!かなりビックリしました。

 

小布施旅日記 2 - おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

 栗の名産地、長野県・小布施町を訪れた「旅日記」で、息子その2は、栗が嫌いだと書きました。息子その1もあまり好きではないようです。そのせいで、ちょっと心残りな経験があるのです。

 以前、家族でイタリアに行った時のこと。季節は冬。街角で「焼き栗」を売っていました。わあ、ヨーロッパって感じ。「ねえねえ、誰か焼き栗食べたくない?」「パス」「パス」「パス」。なんと、夫にまでパスされてしまい、なんだか気勢をそがれた私まで「じゃあ、いいや」となってしまいました。結局、食べずじまい。ずうっと、心残りです。この心残りを解消するには、もう一度イタリアに行って食べるしかない。これはきっと、ローマが私に与えた宿題なのでしょう。行くしかないのです。という、「ローマの休日」ならぬ「ローマの口実」が出来たのでした。

 

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 映画「ローマの休日」で、ヘップバーンがジェラートを食べていたスペイン階段。現在は、食べ歩き禁止だそう。「焼き栗」食べながら、見ていたい。じっくりと。

ぜんざいと白玉

 子供の頃、母や祖母の手作りのぜんざい(実家ではお汁粉と呼んでました。粒有りでしたが)や白玉が楽しみでした。白玉は果物を入れたりした、こ洒落たものでは勿論なく、小鉢に白玉入れて、水道水入れて、白砂糖かけて、はい、出来上がり。それでも十分に立派なスィーツでした。暑い夏の日、白砂糖をまとった白玉がツルンと喉を過ぎる感触、懐かしいです。そして、我が家の白玉は、なぜか独特な形をしていて、風邪薬のカプセルを3倍ぐらいの大きさにして、片端だけ、ヒューっと先細りに引き延ばすのです。私達兄弟はその形を「魂形(たましいがた)」と、なんの不思議も思わず呼んでいました。高校時代、友人達に「ウチの白玉は魂形」と言ったら、「魂、見たことあるのか」「いつ見たんだ」「根拠はなんだ」と詰め寄られました。イジメです。

 

 対して。ぜんざいに入っていた団子の形は一般的なものでした、多分。両の手のひらでクルクルと丸めた後、平たく押しつぶし、さらに、真ん中に指の先でギューッと窪みをつけます。真ん中の窪みは、火の通りを良くするためのものでしょうね。

 大人になってから、この団子とそっくりの形ものをテレビ番組で見たときの驚き。それはなんと、赤血球だったのです。

 

 走査型電子顕微鏡写真(色は画像処理でつけたもの) Wikipediaより

f:id:takakotakakosun:20180912211410j:plain 左から、赤血球・血小板・白血球

 

 しかも。なぜ、赤血球の真ん中はへこんでいるのか、その理由に二度びっくりです。皆さんも驚く準備をして下さいね。

 赤血球も一つの細胞です。全ての細胞は「核」を持ちますが、赤血球だけは無核、「核」を持たないのです。言わば、あんこの抜けたアンパン。赤血球のあの凹みは、核を失ったためだったのです。

 

 いや~、何でも「理由」ってあるものですね。きっと我が家の「白玉」も、なんらかの理由があって、あの「魂形」だったのでしょう。う~ん、気になる。「お」をひきますね。「魂(たま)」だけに。

外来種「アメリカシロヒトリ」発生しました、ワ~ン(泣)

 「アメリカシロヒトリ」とは、戦後、アメリカから日本にやってきた「蛾」の名前です。その幼虫つまり毛虫が、近所の植木に大発生。我が家には庭がないので、「被害」というほどの被害はないのですが、壁や玄関ドアに何匹もくっついていて、「ギャッ」っとなります。朝、外に出るときビクビク、帰宅して玄関ドアをビクビクしながら点検。まさに、ヨウチュウイなんです。ウカウカしてはいられないんです。いたら?捕まえます。割り箸で。ああ、早く終わって欲しい、この戦い。

 

 外来種と言えば、「シロツメクサ」=クローバーもそう。江戸時代に、オランダからのガラス製品が箱詰めされる際、クッション材として詰められていたのだそうです。それで、白詰草。明治以降は家畜の飼料用として導入され、野生化したのだそうです。

 同じ外来種でも、シロツメクサは土壌を豊かにする性質があるため、愛されキャラです。さらに「四つ葉のクローバー」は幸運の使者として子供だけではなく、大人にもチヤホヤされていますね。

                                                                                     f:id:takakotakakosun:20180912195212p:plain

 アメリカシロヒトリもクローバーも、与えられた性質のままに生きているだけなのですが、全く勝手な人間の都合で嫌われたり好かれたり。アメリカシロヒトリにしたら、人間こそ「虫の好かない」嫌なやつらですよね。(でも、嫌いです)

 

 ところで、名は体を表す、という言葉もありますが、アメリカシロヒトリは、名前とは全然違います。大発生します。ちなみに、「ヒトリシズカ」という白い可憐な花を咲かせる植物がありますが、群生します。そう言えば、劇団ひとりさんも、バラエティー番組など、大勢の中にいることが多いですね。

 津軽弁・下北弁に、「人、人なか」という言い方があります。「人は人と繋がりたいものだ」という内容を、たった六文字で表しています。なんとも趣のある表現ですね。

 

   ※アメリカシロヒトリのヒトリは、「火取」という意味です

 

私の夢も夜ひらく

昨日、同僚と交わした会話です。

 

K氏 「今週末は3連休ですね」

私  「15、16、17だよね。うん?

    じゅうご、じゅうろく、じゅうしちと~♪ 知ってる?」

K氏 「いえ、あっ、わかる!藤圭子!」

私  「正解。圭子の夢は夜ひらく」

W氏 「私、わからないです」

私  「あれ、ほら、宇多田ヒカルのお母さん」

W氏 「ああ、分かりました」 

 

問題 この三人を年齢の高い順に並べなさい(問題になってない?)

 

「社会が豊かであればあるほど、人が子供でいられる期間は長くなる」と、昔読んだことがあります。貧しい社会では子供も重要な労働力ですものね。

 『ケイコの夢は夜開く』は昭和45年のヒット曲。じゅうしちと~♪のあとは、「アタシの人生、暗かった~」と続きます。昭和40年代は、15歳、つまり中学校を卒業したら、もう大人。「女」としての人生がスタートしたり、男子は就職して「金の卵」と持て囃されたりもしました。厳しいものがありますね。と、同時に、そうか、人って、15歳で働くことも出来るんだ!という事実に改めて気づかされます。

 その後、日本はどんどん豊かになり、日本の子供の人生コースも大きく変わりました。

 現在の100パーセント近い高校進学率。私は長い間、「教育を受けるのは幸せなこと」「進学率が高まるのは善」と思っていました。でも。最近はちょっと考えが変わってきたんですよね。高等学校の教育内容に、子供全員がついていけるの?学校の勉強より、働く方が性に合っている子だっているんじゃないの?つまり、「早く大人になりたい」と望む子を、むりやり「子供でいさせようとする」ことが間違っているような気がしてきているんです。例えば、16か17で結婚して子供を産む。それもいいかも、と思ったり。でも、自分の娘だったら反対しますけど。

 「これから先の人生、何が正解かはわからない。だからこそ、たくさん勉強して、いろんなことを吸収して、少なくとも、男に頼らなくても生きていけるようになりなさい」って。

 

 「圭子の夢は夜ひらく」の一番の歌詞には、「赤く咲くのはケシの花、白く咲くのは百合の花」とあります。それぞれに、それぞれの咲き方があります。

 おばちゃんはね、若い人には、それぞれの個性に合った、個性を生かした人生を送って欲しい、そして幸せに生きて欲しいと願っているんですよ。

 今日のこの記事は、真夜中に書いています。そう、私の今日の語り、私の夢も夜ひらいたのでした。 

 

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 夢のような、ヴェネツィアの夜景と三日月 撮影は息子その2

肌で感じる「秋の訪れ」

 短い夏の間は、あのクールな接し方が心地よかったのに、今朝は、ハッとするほど冷たくて。

 ああ、秋の訪れを実感させられたわ。もう、潮時ね。スイッチをオンするしかないのね、「暖房便座」の。

 

 ということで、今日は秋の訪れを教えてくれた「便座」について、ツラツラ書いてみたいと思います。

 暑がりで寒がりという、一言で言えば「おばさん体質」で、さらにおばさん体型でもある私は、夏は便座の電源は切ります。暑い夏の日、ひんやりとした便座は一服の清涼剤のように、私を癒やしてくれるのです。

 ところが、息子からは大ひんしゅく。「便座、冷たいの、嫌なんだけど」「ああ、ごめん、ごめん」。息子が帰省中は暖かく彼を迎え入れ、息子が去った後は、再び電源を切るのです。私と息子のこの差って、何なんですかね。友人達とは「お尻の肉付きの差ではないか」ということで、見解が一致しているのですが。

 

 写真は6月に訪れた長野県・小布施町のホテルのバスルーム。洒落たつくりでした。

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  トイレも最新のタイプで、蓋が自動的に開いて、閉じて。それを見て、以前テレビでみた、外国の方のコメントを思い出しました。その方は、友達に教えたい日本での体験として、

 「おい、日本ではトイレの蓋までお辞儀するんだぜ!」って答えてました(笑)

 

 何年か前の『サラリーマン川柳』の優秀作品に、

      このオレに暖かいのは便座だけ 

というのがありました。

 息子よ、実家には暖かい便座とぬるい母がいるよ。時々は思い出してね。ちなみに、息子はフタリ居ります。便座だけに・・・。