おばあさん見習いの日々(ダジャレ付き)

1961年生まれ。丑年。口癖は「もう!」

七夕、晴れるとイイネ

今、弘前市は雨が降っています。

明後日は七夕ですが、お天気はどうなるのでしょう?

一年に一度の逢瀬を楽しみにしている織り姫と彦星。なんとか晴れて、二人の想いが叶いますように

あれ?なんか今日の私、変。こんなメルヘンキャラじゃないはず。

ごめん、ごめん。お詫びにブラックネタで。

 

 若者言葉で「エクストリーム〇〇」って知ってます?

 元になっているのはエクストリームスポーツ(命に関わるような過激なスポーツ)という言葉で、そこから派生して「エクストリームアイロンがけ」とか、「エクストリーム土下座」など、いろいろ生まれています。

 ブラックなものでは、「エクストリーム自殺」というのがあります。どう考えても自殺とは思えない不自然な死に方なのに自殺とされたときなど、ネット上でそう呼ばれたりします。(不謹慎ですね)

 で、織り姫のことを考えていたら、元祖「エクストリーム事故死」とも言うべき事例に思い当たったので、不謹慎だとは思うのですが、書きますね(そのためのブログなのですから)

 

古事記に次のような展開があります。

須佐之男命(すさのおのみこと)は、馬の死体を、機織り小屋の屋根から落とし入れたのです。突然落ちてきた馬の死体に機織女(はたおりめ)は梭(ひ:機織り機の横糸を通す道具)で、陰上(ほと:女性器)を突き刺して、死んでしまいました。

 

エクストリームだと思いませんか?この物語は一体何を言いたいんでしょうね。そもそも、神話というものがエクストリームなとこ、ありますよね。

物語は続きます。

これには、さすがに天照大御神(あまてらすおおみかみ)も恐ろしくなり、天の岩屋戸(あめのいわやど:高天が原にある洞窟の入り口を塞ぐ岩)を開け、洞窟の中に引きこもりました。 

 

「エクストリーム引きこもり」の起源です。

この後は有名な天鈿女命(あめのうずめのみこと)の「エクストリームダンス」(最初のストリップとも言われますね)へと、物語は展開していくわけです。

 

雨の夜。「古事記」に思いを巡らせてみた結果、エクストリーム満載。

古事記」は「記紀」の一つですもの、危機迫る展開なわけです。

 

↓ 明後日は、こんな夕焼け空になるといいですね。では。 

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方言話者が論ずる「ら抜き言葉」

 

結論から言いますと、「はあ?」って感じです。

 

「食べれる」は「食べられる」から「ら」が抜けた誤用ではありません。

(わ、ビックリ!「食べれる」と打ったら《ら抜き表現》って出た!ダイナブックよ、お前もか)

 

 津軽でも下北でも、「食べれる」と「食べられる」は場面で使い分けられる、微妙にニュアンスの違う言葉なんです。

 

「食べれる」は自分の意思(嗜好・好き嫌いなど)といったものによる可能を表します。

 一方、「食べられる」は意思を越えた外的な要因による可能の表現に使います。

 

例1

 「私、ホヤ、食べれる」……嫌いじゃない、あるいは好きを意味します。

 「このホヤ、まだ食べられる」……痛んでいない、腐っていないという意味です。

例2(写真参照)

 「目あれば、食べれない」……恨まれそうで、口に出来ない(自分で決めてます)

 「甲殻類はアレルギーあって、食べられない」……ドクターストップ(意思を越え

                        ています)

 

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 ただし。「食べれる」「食べられる」の違いは厳密なものではなく、混ぜて使っている人も居ます。でも、他人に好き嫌いを聞く場合は、津軽でも下北でも、ほとんどの人が「〇〇食べれる?」と聞きますね。返事は「食べれる」または「食べれない」。まれに「好ぎだんだけど、食べられないのさ、糖尿あって(泣)」

 

 もう一つ。「ら抜き」ではないのですが、似た例を紹介します。「飲めない」「飲まれない」。

 

 「酒は飲めない」……下戸だという意味です。

 「今日は飲まれない」……下戸ではないが、事情があって飲めない。(車で来た

             とか、明日、胃カメラを飲むとか)

「酒は飲めない」と言われたら、「ノンアル?」とオーダーを聞き、「今日は飲まれない」と言われたら「車?」と尋ね、「代行、代行」と勧める。それが津軽の酒席のマナーです。 

 

標準語って、方言に比べて歴史が浅いじゃないですか。そんな標準語を基準に「ら抜き」だの「日本語の乱れ」だの言われてもねえ。

 無責任な「放言」としか思えないんですよね、方言ネイティブとしては。 

ねえねえ、「熟れる」って読める?私、読めるんだよ。

 

「熟れる」。さあ、なんと読むでしょうか。

 

数年前、中学生だった息子その1が、学校から帰るなりお怒り

「国語のテストの漢字の読みでさ、お母さんやおばあちゃんがいつも『じゅくれる』っていうから、そう書いたらバツだったし。正解は『うれる』だったし」

 

ああ!息子よ。許せ。『じゅくれる』は津軽弁なのだよ。

 

でも、その時からずっと思っているんです。果たして『熟れる』に『じゅくれる』と読み仮名を振るのは間違いなのだろうかと。国語教育というものが、100%標準語のみを教材とするのなら、それはそれで一つの方針としていいんです。でも、「方言」も習うじゃないですか。

 『あめゆじゅとてちてけんじゃ』by宮沢賢治とか。

方言も日本語として認めるなら(勿論日本語なんですけどね)、『じゅくれる』を間違いと切り捨ててしまっていいのかなあ。ずっとひっかかっているんですよね。

 

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季節に合いませんが「熟れた柿の実」です。よその畑の木です。ずっと収穫されないままなので、いつも気になるんですよ。あっ、柿だけに「木になる」と。うまい! 

 

熟柿(じゅくし)が落ちるように・・・とは、「気長に時機が来るのを待つこと」にいう比喩表現ですが、私の「じゅくれる」問題も、いつかそんな風に解決するでしょうか。

もちろん学校に抗議したりはせず、しぶしぶ納得はしてるんですよ。

何、この暑さ

いきなりの暑さ、ヒドくない?

私はものすごく暑さに弱い。聞くところによりますと、人間は生まれてから三歳までに経験する暑さで、その耐性が決まるのだとか。

簡単に言うと、暑いところに生まれた人は暑さに強く、寒いところに生まれた人は弱いってことです。

 

青森県の形を思い浮かべて下さい。西側を「津軽」と言います。夏は暑い。夫は津軽弘前市)出身です。暑さに強い、強い。

北東に位置する下北半島は夏涼しい。そう、私は寒い地域に生まれた人なんです。弱いのよ~、暑さ。

昔、学校で、「気候区分」って、習いましたね。日本は温帯」に属す、と言いますが、下北半島と北海道は「亜寒帯」に属します。本州は緑色、北海道は水色に色塗られた地図。そして、小さく小さく下北半島があり、本州なのに水色に塗られている。子供心に悲しい感じがしましたねぇ。(下北では、冷夏には鳥肌立ててかき氷食べるんですよ)

 

暑さに対する耐性の違いについて、夫と私の母(下北生まれ)の逸話を紹介します。

☆夫の場合

 ある夏の暑い日、夫が先に帰宅していました。私がリビングに入ると、閉めきったサウナのような部屋でパソコンに向かう夫の姿が。

 私「暑くないの?」(暑さに半泣き状態)

 夫「暑いよ」(爽やかなテノールで)

 私「なんで窓、開けないの?」(怒りモード)

 夫「ああ、窓。気がつかなかった」

スゴイでしょ、暑さ耐性。(別な問題があるのでは?という突っ込みは無しでお願いします)

☆母の場合

 孫の顔見たさに弘前に来たものの、あまりの暑さに

 母「弘前のお母さんは、なんで靴下を履いていられるんだ!無理だ。帰る。

   孫の顔は見たくて見たくて、夢にもみるだろうが、夏の弘前には二度と来ない」

 夫の母の手前夏に靴下を履く苦痛と可愛い孫を秤にかけた結果、母はその言葉通り、夏の弘前に来ることは二度とありませんでした。

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 陸奥湾の向こうにうっすらと下北半島の影。私の実家からは津軽海峡が見えます。

 

弘前に住んで30年になろうとしています。毎年繰り返す夏の暑さ。何年たっても、何度経験しても、苦しい。一生、慣れることはないと思います。

生まれ故郷がほら・・・。私、暑さはアカンたいだもの。(あまりの暑さで九州弁っぽくなってしまいました)

感謝の気持ちで涼しさを。「心霊写真」です

今週のお題「2018年上半期」

 

 今年上半期の重要な出来事は、この「ブログ」を始めたことですね。

 言いたくても言う機会のなかったダジャレや、心にしまって置くだけでは物足りなかった思いの数々を、こうして、形にすることが出来ました。

 私の撮りためた写真(上手くないけど)も、日の目を見ることが出来ました。

 

これも読んで下さる方がいてこそ。嬉しいし、なんと言っても、張り合いが違います。

 

皆さん有り難うございます

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今日は読者の皆様に感謝の意味で、少しでも涼しさをお届けしたく、秘蔵の一枚を見て頂きたいと思います。

いきなり猛暑がやってきたので、少し早いですが真夏の風物詩「心霊写真」です。しかも、数年前の真冬に撮影したものなので、涼しくなること請け合いです。

 

 雪の降り敷く弘前の夜。信号待ちで停車した私は、何気なく前に停車している車の後部を見ました。なんと!そこには、くっきりと男性の顔が浮かんでいたのです。しかも、季節柄でしょうか、その男性はマスクをしていました。

 今でも、その何か言いたげな男性の顔が目に焼き付いて離れません。ご覧下さい。(心臓の弱い方は、やめておきましょうね。)

 

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 ↓

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私は上半期を振り返りましたが、この男性は何を振り返って見ているのでしょうか?

「えっ、ワ・タ・シ?」 (ゾ、ゾゾー)

 

ホンの「おれい」でした。

 

私の中でつながる「大迫と桐島」

 

桐島、部活やめるってよは、朝井リョウ氏の第22回小説すばる新人賞を受賞したデビュー作で、映画化もされた作品です。

テレビでサッカーの「大迫、半端ないって」を聞くと、「桐島、部活やめるって」と連想してしまうのです。似てるっちゃ似てる、似てないっちゃ似てない、いや、似てないか。

そのせいで最近思い出したのが、高校生だった頃の、息子その2の発言です。

 

 『桐島、部活やめるってよ』のパロディでさ、『桐島、部活写メるってよ』ってどう?おもしくない?

登場人物A「桐島、部活写メるってよ」

登場人物B「お、おう。ご自由に」

という一人芝居までつけてくれました。

ちょっとセンスあると思いましたね~、我が息子ながら。

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 自分自身の中の闇を見つめる高校時代の息子その2

 

思い出したついでに、このブログに載せるため、私もいくつか作ってみました。

(コメントもつけてみました)

『桐島、迂闊やめるってよ』(その方がいいね)

『桐島、エビカツ揚げるってよ』(火加減気をつけて)

『桐島、分割組めるってよ』(何買うの?)

書いている内に、なんだか桐島君という子が心配になってきました。

部活をやめ、記念のためなのか写メを撮ろうとしている・・・。迂闊な性格なのに揚げ物に挑戦しようとし、身の丈に合わない高い買い物をしようとしている・・・。心配です。小説も読んでいないというのに。

そして、大迫も心配になってきてしまいました。なぜなら次のようなパロディを思いついてしまったからです・・・。

 

 

「大迫、ハーパンないって」(誰か貸してやって)

日本一短い、津軽弁の会話

 

日本一短い会話。津軽弁の場合。

「け」

「く」

意味はですね、

「け」(食えよ)

「く」(食うよ)

となります。( )内の標準語訳でおわかり頂けますように、この会話は男同士、男言葉のものです。

同じ会話を津軽美人同士(女言葉)でした場合は、

「食べへ、食べへ」(どうぞ召し上がって)

「わいは~、どすべの。ごっつぉになるんだっきゃ」(まあ、どうしましょう。遠慮なくごちそうになっちゃうわね)となります。

 

とかく女性は口数が多いとか、話が長いとか言われます。でも、これでおわかりでしょう。日本語特有の(津軽弁も日本語です)女性言葉のせいだったんですよ。ジェンダーってやつ?女性がなが~く、い~っぱいしゃべるのは日本語の構造的な問題なので、これはもう、どうしようもないことなのです。

 さて。

「け」「く」が発見されるまで、長らく日本一短い会話とされていたのが、有名な

「どさ」(どちらへ)

「湯さ」(お風呂に)です。

この会話については、寒い寒い津軽では、冬に長く立ち話をしていると凍死してしまう恐れがあり、会話を短く切り上げるために生まれたという説があります。(私調べ)

 

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秋田県鹿角市『大環状列石』 「どご?」「おおゆさ」

 

全国的に?有名な「どさ」「ゆさ」。これをこの度、私が壮大なスケールに改変致しました。

しかも、ロングヴァージョンでお届けします。お楽しみ下さい。

 

 

「どさ」(どちらへ)

NASANASAアメリカ航空宇宙局へ)

「なさ?」(何しに?)

「宇宙飛行士さ、なさ」(宇宙飛行士になりに)

「なひゃ?」(なんでまた?)

「合格通知、来たはんで」(合格通知が来たから)

「なさ?」(お前に?)

 

 津軽人以外の方には信じて頂けないかもしれませんが、これは津軽では立派に通じる会話です。ホントです。いくら宇宙ロケットのNASAの話だと言っても、私、話を飛ばしたりしてませんから。

 願わくば、明日を担う津軽の子供達にとって、日本一短い会話として持ち出す例が、

「どさ」「ゆさ」ではなく、「どさ」「なさ」となる日が来ますように。 

少年よ、大志を抱け!